先日、大町市にある高瀬ダムというところにダムの意義を調査しにいってきました。高瀬ダムー七倉ダムー大町ダムと三つのダムで災害防止や電力発電などで地域を支えていました。長野市にも浅川ダムが建設中です。建設が始まっている今ですから、中止の議論はあまり意味をなしませんが、ダムの意義を説明することで、必要性の有無を県民が感じればいいと思うのです。そうしないと、別なダム建設の問題が出たときの議論もまた、建設の有無だけに焦点が行ってしまう気がします。
「働き世代」
先日、お年寄りの方々の集まりに顔を出させていただきました。その時の話題はもっぱら「高齢者への政策優遇」と「若者と政治」の話になりました。
その時に色々感じたことがあります。それは、若い世代がおとなしい。ということです。その会合で、1人のお年寄りが「今の政治はどうなっているのか?孫が派遣切りされて、たいへんな目にあっている」。と言われ、また、別なお年寄りは「息子がリストラにあった。孫は就職先がなく困っている。なんとかしてほしい。」と、続けられていました。他の参加者の方々も、似た感じのお話をされました。
私は、そういったみなさんが、不安や現状があるならば、その声を訴えるべく会合に顔を出し、私に思いの丈をぶつけてほしいと思うのです。ですから、参加者のみなさんに、私がお孫さんや息子さんと話したいと言ったら、「昨日遅くまで飲んでて、今は家で布団かぶって寝てる。だから無理。」と言われたり「息子は今心が病んでるからそれどころじゃない」とのこと。また「選挙で政治(社会)が変わるとは思ってないしね。」とも。
私は、どうも違和感を感じます。本来であれば、当人が直接自分の口で語るべきことだと思うからです。何でもかんでも手を差し伸べてしまう社会も、やはりマイナス面はあります。
こういった感覚が政治というものを空白にしていってしまうと思うのです。今だけの社会ならわかりませんが、時代は動いていて、未来にきちんとした社会を継承していかなくてはならないということを、考えなくてはいけません。
今どきの若い世代は選挙に行きません。その一方で、お年寄りは選挙にはほとんどの人が行きます。この少子高齢化社会で、投票率の低い若い世代が減り、ただでさえ投票率の高いお年寄りがどんどん増えています。果たして選出された議員はどこを見て、誰のための政治をおこなうでしょうか?現在の選挙制度を考えれば、当然、お年寄りになってきます。
ですから、社会の諸問題の多くにいつも社会保障問題が付きまといますし、後期高齢者医療制度は見直されましたし、すぐさま「結果」として出てきます。
しかし、若者雇用問題に関しては、果たしてどうでしょうか?
派遣切りの問題である労働者派遣法改正による規制緩和や、非正規雇用の拡大の問題はどこまで「結果」としてでてきているでしょうか?今の議員は票にならないことはやらないのです。文句を言っても、選挙に行かないからです。
こういう事をいうと、若者の雇用問題や派遣切りの問題は政治の問題だと言われても仕方ありませんが、その「政治」を自らの方に向けさせてこなかった若い世代の責任もまた、多大だと私は思います。
諸外国では施策に疑問が生じたら若者は「デモ」であったり、選挙に候補者を出したり、少なからず「行動」に出ています。しかし、現在の日本はどうでしょうか?
文句はあるが、布団の中で騒いでいる。または、選挙には行かないで、文句ばかりを言っている人が多すぎます。
文句を言っているだけでは、政治は変えられない。ということを感じてほしいです。
そもそも、選挙に行かない人は、社会に文句をいってはいけません。
私は、自分たちの意思表示を政治にぶつけるチャンスを選挙というモノに活かすべきだと思います。「誰がやっても同じ」とか「投票したい人がいない」と言いますが、それでもいいと思います。とにかく投票率を上げることで、「政治」も若い世代を無視はしなくなると思うからです。
30年後に「政治、選挙」の大切さを気づいても遅いのです。
今はピンと来なくても、真剣に向き合い、自らの30年後、そして未来の子ども、世代が信頼おける社会になるために、選挙をさぼると損をすることに早く気づくべきだと言いたいのです。
世代交代ができない社会、国家は衰退します。そんなことを考えた今回でした。
若狹 清史