先週は長野を離れ東北地域を動いていました。山形県で現地の市民の方々の生の声を聞きたくて色々お話を伺ったのですが・・・、正直、何を言っているのか全くわからず、本当に困りました(苦笑)外国語に聞き取れ、ところどころ聞こえる日本語らしき言葉で想像するのですがそれでも駄目でした。・・・方言の文化を学びたいなと改めて感じましたが、四苦八苦した出張でした。われわれ長野県民も他県の方からそう思われているかも知れませんね。
「メディア」
先日、米国時代の先輩との情報交換のやり取りの中で、メディアと国家とのあり方の話になりました。私も色々その後調べたりしてみて、色々感じることも出てきました。
日本のメディアは、政権交代後、やけに与党に対しての報道の在り方が厳しいなという感想をもっていたので、その理由を探していました。
従来の政府与党は、メディア対策案を政策としてまとめたことはありません。しかし、今回、民主党は政策に「電波利用料のオークション制度」というものを掲げています。
これは公共電波を一つの有限資源としてとらえるということです。もちろん、日本以外の先進国や主な主要国を中心に世界では当たり前の考えです。
しかし、日本には、このような感覚は存在していません。それは、日本のテレビ業界の圧力があるからだと思います。圧力とはそのことを報道しないことで浸透しない方法をとっていると思います。
なぜ、メディア業界はこのような感覚を浸透させようとしないのか・・・。それは格安料金で電波を独占してきた日本のテレビ局としては、絶対に触れてほしくないからだと思います。実際に現在の日本の電波利用料は、だいたい40億円程度と言われています。
それが、上記の政策が施行されれば、数十倍に膨れ上がり、競争も出てくる可能性もあれいますから、独占状態の現状メディア企業からすると死活問題になりかねないので、そういった政府に対して圧力をかけているのかなと思うのです。
圧力をかけてしまえば、現政権も弱体しますし、それこそ従来通りメディアの支配下におけてしまいますし、そう考える経営者もいて当然な社会だと思います。
米国の先輩とも話して、そこが今の日本のマイナス点なんではないかと思うのです。今こそ、やはりメディアを説く能力を養うメディアリテラシー教育の出番だと私は思います。
実際に、最近のテレビは政府与党叩きばかりをしています。私は、政治とはジャーナリズムが触れる場合は、国家繁栄の為に真の本質を報道するのが筋だと思います。その本質に対して、国民が自らの判断を下し行動を実行していくべきだと考えます。
調べても、政府与党を批判するテレビ局には、資本出資している関係新聞社が全面的に支援しています。小沢幹事長への異常ともとれる報道もその一つだと私は分析しています。 連日、テレビをつければ、テレビに出演しているあらゆる人たちが「辞任すべき」「説明責任を果たせ」などと叫び、街頭インタビューと称してもで、○×アンケートで選択肢は「小沢氏は国会議員を辞めるべきか」などの報道も頻繁に行われていました。
私は、情報社会化してきた昨今でもあっても影響力が依然高いテレビが、起訴も逮捕もされていない政治家に対し「容疑者」として扱っている現状に目
を疑いました。
同時に関連新聞社もそろって、曖昧な情報を記事にし続けました。小沢氏が過去に記者クラブ廃止を謳った経緯もあるにしても、異常です。
従来は諸問題に対し、その事実を追求し厳しく批評を新聞各社はし、そのあと、テレビは後追いで、フォローも入れれば関係者を呼んで構成を保っていましたが、このときは新聞もテレビも横並びでした。
米国でもこうした状況はおきても、電波利用料のオークション化が主流になっているので、あらゆる内容(偏った報道局なども)を報道するテレビがあり、それを国民が自ら分析理解し、行動を起こすことで、公正を保っています。
現に原口総務大臣が、特定資本が新聞社やテレビ局などの複数メディアを一つとして実質存在している「クロスオーナーシップ」を規制しようとしたことがありましたが、それ自体が取り上げられることは皆無に等しかったのだから、先にはなかなか進みません。
そもそも、日本では総務省令で、メディアの三事業支配(新聞、テレビ、ラジオ)の禁止をうたっています。基準があいまいなのが、今の逃げ道として存在しているのが現状です。それが、読売新聞といえば日本テレビ。朝日新聞といえばテレビ朝日。産経新聞といえば、フジテレビ。毎日新聞といえばTBS。日経新聞といえばテレビ東京。といったような関係が築き上げられているのです。
今回の与党批判に上記のメディア資本が、すべて同じ方向に動いた結果として、様々な現状実証報道はされず、バッシングばかりが表にたち、流れが反主流派という流れに現在もなっているといっても過言ではないと思います。
メディア関係者もよく言われる「知る権利」ですが、日本の場合国民の「知る権利」が害される現状にあると思います。
これからは、国民にはメディアリテラシー教育の教育現場からの導入と、クロスメディアの規制、そして、テレビ業界が報道しずらい話題は新聞が報じ、新聞の批判はテレビがきっちり行うという環境づくりを行う事が急務に思います。
諸外国では外部批判を欠く状態は『停滞と腐敗』を生みやすいとの認識は当然だと言われていました。
今回、米国時代の先輩との情報交換からこのような状況まで学べ、あらためて情報の必要さ、またその情報を説く平衡感覚の必要性を感じました。
若狹 清史