先日エンカルや雪で汚れた車を、丁寧に洗車をしたら、その1時間後に雨が降り出しました。天気予報は「予報」という意識をどこかに覚悟して、いかないといけないなと、渋々感じました。
「判断」
今年も、ゴミ拾いや若者と沢山関わっていきたいなと思っていますが、その活動の中で市民の皆さんにも、意識し理解してもらえるようにしていかなければ、ならないと思うことがあります。それは、選択の判断です。これは、お世話になっている学者の方からもご指摘がありましたが、この判断を国民が身近なことから取ることが不可欠であると思います。
私の活動の中からでは、まず、ゴミ拾いをしていても、正直ゴミは一向に減る気配をみせません。エコと詠っている会社の方がポイ捨てをしている現場を何度も目撃しています。
公共の場でも同じです。それでいて、借金、税金をへらさなければならないと、動いていてもどうなのかなと、思うのです。足元をみて、一番のモラルの向上をすることで無駄が省けることは沢山あると感じています。
公共の場だけに関わらず、農家の田畑にも沢山のゴミが捨てられています。私は、ゴミ拾いをぜひ市民の皆さんでやる大切さを理解してほしいと思います。イベント的に行うだけでなく、一部のボランティア団体がやるだけでなく、子どもたちに道徳教育として行うだけでもなく。
これは、農作業などにも言えることだと思います。
地域で行うことも大切ですが、若い世代が地域の繋がりを気嫌う傾向にある昨今、そうであれば、個人単位でもかまわないと思うのです。そういった行動を行える機会を見つけ、また行政もそういう人への配慮もあってもいいと、感じます。
本来、配慮などいるはずもありませんが、少しずつかいえていくということが前提にしています。
私もそうですが、農作業やゴミ拾いなどしていると、あっという間に時間が終わってしまったように感じます。終わったあとのなんともいえない、懐かしい気分にもなれます。
私は、何事にも「土に触れてみる」ことが大切に思います。
環境ビジネスは、無駄をお金にしている部分があるといってもいいと思いますが、そこの部分の市民的判断を企業も考慮していく必要性があると思います。
今は、ゴミ拾いも農業も、お金で買う時代になってきています。地方でもネイチャースクールなどが、頻繁に開催されています。これを否定することはしませんが、自らが、直接関わることが、どれだけ気持ちを前向きにさせるかという、「ソフト」の大切さを理解してほしいと思います。その判断が求められてくると思っています。
次に、若い世代には、政治に関心を持つという判断をとってもらいたい。という想いを今年は強く訴えたいです。
先日も新成人と話しましたが、「今がよければそれでいい」「今さえ楽しければいい」「何とかなる」という意見が大半でした。
政治を自然に自ら遠いものだと認識し、眼をそむけている人が多いなと感じたので、勝手な使命感にかられ、大切さを伝えていきたいと、思っています。
まだ、私も若い世代と思っていますので、今のうちに若い世代の感覚で伝えたいと思います。そこで、ちょっとでも、親近感をもってもらえれば、と思います。
夜回り活動でも、とにかく「好き」「嫌い」だけで物事を判断している若者が多いように思いますが、その二者だけで、判断をすることの難しさを伝えていくことも必要に思っています。
こういった感覚をもちながら、「判断」の必要性を伝えていきたいと、活動を通して改めて感じたところです。
若狭 清史