蚊が一生懸命に飛んでいるのをしばらく追っている中で、色々考えさせられました。蚊の数も減ってきているといわれていますが、生物の生態系を失わせているのは人間がかなりの割合であると思います。同じ生物として、気を使える人間でありたいと思います。

「違い」

よく色々な方々との対話の中で、政治(議会)のあり方が、国→県→市となることが前提で議論されている感があります。
議員の方々でも、この概念で政策も進められています。現在の政党政治の表れなのかもしれません。

政治は、最初に国があり、そのスモール版で都道府県、さらにコンパクト版で市町村があると思われがちですが、私は本来は違う形で望むべきであると思います。
制度的にみていくならば、各々に期待されている役割の違いは思いのほか大きく思います。

まず、統治のためのシステムに違いがあります。
国は「議員内閣制」(議会主義)、自治体は「首長主義」を採用しています。

日本国憲法では、国会は「国の唯一の立法機関」とあり、「国権の最高機関」であります。現在は国会中心主義であり、行政権の代表者である内閣総理大臣もまた、国会の指名によって選出され、行政権の行使も、国会に対して責任を負うものとされています。
これは、議院内閣制のもとでは、主権者である国民の意思を、最初に国会が信託をされ、その意思を間接的に行政に反映させるというシステムになっています。

それに対し、地方は「地方公共団体の長は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する」と日本国憲法には記載されています。
これは、首長は議会の信任とは別に、別な方法によって選出されるということです。国が国会という、フィルターを通して、行政府の長を選出するのに対して、地方自治体は、首長と住民とのダイレクトな関係が選ばれています。
ですから、首長は議会と同時に住民に対しても、責任を負うこととなっており、また直接住民が選ばれただけに、権限が強いとなります。

この違いを議員だけではなく、国民もきちんとした理解を示しておく必要があると感じています。政策という面であらゆる差がでてくると感じます。
ですから、国政と地方行政では、その特色をいかした政治を行う必要があるのです。それが、本来あるべく、政府も望んでいる地方分権になると思います。

政党間の否定のしあいや、数の原理での政治ではなく、超党派での政策を考え、国家・自治体を思える施策が求められると思います。

また、私は現状の住民自治は本来の形とは、違うケースが多いと感じます。
首長選挙や国政選挙ではよくみられますが、各政党が有力候補者に相乗りするケースが多く見られます。そして、多選も目立っています。これは本来の住民自治とはかけ離れた、マンネリズム支配されているケースであります。

こういった形を見つめなおし、本来ある性質や、今後時代にあう本質を見つけていくことが求められてくると感じています。
権限や財源の自主活用を求めていくスタイルをとっていく以上、より明確に感覚の変革を求められてくるのではないかと感じた今回でした。

                     若狭 清史