先日、駅前で笑顔で私に手を振っている女性の方がいて、私は見覚えがなく「困ったなぁ」と内心思いながら会釈をすると、さらにその方が「どうしたの?がんばってる?」とのこと。私は「はい。」と答えてから、双方沈黙がありました。その後、相手から「よしおくんじゃないよね・・・」私、「はい。若狭といいます」相手「若狭?私、若狭なんて知らないもん。なに、ちょっと」といわれ、その場離れました。

…非常に困った出来事でした(苦笑)

「何か…たりないもの」

国は国民の税金を主体に運営されています。日本という土地に暮らしている以上、汗を流し必死に働き、納税をしているわけであります。
その税を無駄にしてほしくない、というのは国民の願いであります。

国会も再開されます。空白期間にも税金は使われてもいました。
とかく、民間も行政も自分の財布でないから致し方ないという発想をどこかでもっていることもあると感じますが、関係ないという認識では行政は非常にこれから困ります。
各地、民間のかたがたとの対話の中で、毎日給与や売り上げを心配しながら必死にやっている人がいることも、現場の視察ではなく経験して、知ってほしいという声を聞きます。
「世襲や官僚・役人上がりの政治家や現役公務員には生活感がない人が多い」という声が国民の多くの声として、現実上がってきています。

私は生活感をもつというだけではなく、リードしていく人たちには、「心」と「魂」と「覚悟」というものを強くもち、そして社会を改新していくことが大切に思います。

今回のミャンマーでの長井さんの銃撃の映像をみて、リーダーは何を感じ思うのかを、きちんと国際社会、また国内で強く伝えてほしかったと感じます。
世界では自らの国にプライドもって生きることは当たり前です。
そんな何かを忘れかけてきている気がしているのは、私だけではないと思います。

官僚や公務員、政治家は、やはりこういった気持ちをより強く持ち、国民をリードしていかなくてはならないのではないかと、感じています。
また、我々国民もただ意見をいうだけではなく、きちんとした知識をつけ興味をもち参加することが、リードしていく方々との折り合いになるのだと感じています。

我々をなんだかんだいっても守ってくれているのは国なのですから。
海外にいる邦人の方々はこういった気持ちを強く持っている人は多いと思います。

日本人、また日本にいる以上、国民一人ひとりが大きい小さい関係なく、こういった感覚をもち、参加していけるように進んでいければと、思った今回でした。それが、税金に対する重みや生活感の充実につながっていけるんでは感じます。

                            若狭 清史