一人の不良少年と会いました。なかなかふざけた彼です。しかし、そんな彼の考え、気持ちを聞く中で、私は胸が熱くなりました。よくわからない熱さです。今なにが、必要なのか共に考えていかなければならないと感じました。みなさんも、どうか嫌なものから避けないで向き合ってみてください。

「親・・・」

色々な若者と会う機会があります。講演する機会もあります。小中高生や専門・短・大学生やフリーター・不登校のみんな。みんな、いろんな声を持っています。そして、考え・悩みを持っています。

彼らの声を聞き、解決することが「よし」と考えているのが、今の教育であり、解決しなければ責任問題だとなる体制にも問題があります。解決ではなく道筋を立ててあげるだけの、感覚をもった教育、また教員育成・親の教育が必要であります。

そして、なにより、親は、他人が与えることが出来ない「しつけ」という教育があります。これは、どんなに貧しくても、不自由な生活しかできていない親・家族であっても出来ることです。

若者のみんなの声をきいて思うことは、ほとんどの親は、自らの子どもに期待と夢を託しています。しかし、それは、時に強く押し付けになっているのです。無理と思ったら、あきらめ、放棄。そんな態度に子どもたちは悩み、苦しみ、何かに助けを求めにいく。その中で、子どもたちの横の社会でどうしていいかわからず、いじめや不登校・素行不良始め、様々な問題もおきていると思います。こんな流れが今であると思います。彼らの声を聞いていてヒシヒシ感じます。

親の、その気持ちも理解できないこともないが、第一に子ども、若者、彼らの個性を見極めたうえでの、しつけ、教育をしていかなければならないと思います。

親からみた、子どもの教育にも、様々な方法が考えられると思います。
本気に向き合うことの教育を今一度、もてる親が必要になってくるのではないかと思います。子どもに真剣に向き合い、時には殴ることもあるでしょう、時には泣き合い、喜び合い、背中で訴える。間違っていればきちっとした罰もあるでしょう。それにより、子どもたちに感覚を磨かせることが出来ると思うのです。これは親がするべきことです。

昨今の教員がこれらをすると、必ずといって物議を交わします。これをいう親では本来はダメだと思います。話を聞く機会があっても、教員批判が非常に多いです。教員も保護者批判。これでは、責任逃れです。子どもたちのことを考えていくことが大切なんです。
これらにも立ち向かう、きちんと、志を強くもった教員育成、教育委員会改革がこれから必要になると信じています。

この国のこれからは、若者たちが担い、創造していくわけです。そして、世界と渡りあうわけです。その若者の考えや感覚や想いを聞かずに、机上でまた、大人の社会にもまれた感覚で議論するだけではなく、そんな彼らの声をきちんと受け入れる体制が今後の日本に必要になるのではないでしょうか。その彼らの教育に必要なことが、沢山ありますが、親しかできないものを親が理解していくことが、必要に感じます。そんなことを思った今回でした。

私はこれからもみんなの声を聞き、考え進んでいきます。

                       若狭 清史