最近、運動をしておらず、先日、何気なく階段を急いで上り下りしましたら、ももが翌日・・・。運動はやり続けたほうが間違いなくいいなと、確信し、していこうと決意した瞬間でした。

「障害者自立支援法から」

 障害者自立支援の制度開始から、様々な施設をまわったり、現場の方の声を聞き色々感じることがありました。
当初この制度は「行政職員の行動力や創造性や想像力が試される」ものであるとも言われていました。地方分権により、権限だけ委譲されていますが、財源は国が依然握っている中で、障害者の自立をどう支えていくのか…でした。

 実際、社会での基盤整備は不完全の中での対応をせざるをえない自治体や法人団体・企業は苦しいことであったと思います。個々にケースが違い、肌細かな対応が必要になってくるわけですから。

 制度自体の問題はまだまだあるにしろ、障害者も健常者も、きちんと一人一人が社会に対して、自分に対して、責任を持つという点で、きちんとした同等の『契約』のシステムを導入していくことは、私はこれから必要になってくると思っていましたし、この流れは当然のことのように思っています。それを確かな形のものにするべく、支援費制度のシステムの問題、障害者就労問題、施設勤務者への教育・対応など、まだまだ問題多々に感じ、より慎重かつ着実に進めていく必要もあるのかなという気がしています。

 福祉の問題と言っても、高齢者の問題と障害者の問題とでは異なるものだと感じます。高齢者福祉問題は、皆誰もが年を重ねていきます。そういう意味では「余生」の問題から定義、解決ですが、障害者問題は、そのときそのときの人生の、「現役」時代からの問題であり、「現役」時代の『価値』と言う面での重みが違う感じもします。
 
 障害者の問題は、当人の世代に応じて対策や、ニーズが異なってくると聞きます。しかし、これからあるべき姿、また制度もですが、最終的に自分自身で「契約」を結べるか、それが生きていくことが出来るかという「自立」になるわけですから、今、我々がそのために出来ることは何なのかを模索し、共に地域・当人・施設指導員・家族・企業で考え活動していかなければなりません。

 雇用問題も同じですが、以前、大学時代住んでいた東京都多摩市には、身体・知的・精神の障害者区分全ての人々に対応する施設あることを聞いたことがあります。また視覚障害者の方が先生として、講座をもち障害者に対し教授しているという話も伺ったことがあります。しかし、その講座で技術を習得しても、これからはその後が大切になってくるわけです。それを武器に就労先を見つけることが必要になりますが、障害者にとっては非常に大きな壁となってきます。いきなり、就労先がきまっても働きなじめる例は少ないみたいですから、ジョブコーチをつけ、職場になれ、仕事をこなしていけるようにしなくてはなりません。この長い道のりのケアがあるわけです。
 
 また、施設で働く指導員の雇用問題などについて見てみますが、ここ数年前までの就職難時代には新卒学生などの就職の窓口的存在になっていた福祉業界はじめ、障害者施設も、自立支援法施行後、障害者の1割負担が発生したことで、サービス利用を抑制しようとする傾向などもあり、施設運営方針のより一層の見直しを迫られていると伺ったことがあります。人件費削減、労働環境も厳しいなど、「選びにくい存在」になってきたことだということです。若い世代もベースアップを見込めないのであれば…と福祉の精神プラスアルファを望むための、将来の展望が描けないことを理由に辞める方が増えているとも聞きます。
 
 これでは、育成ということでも、これから重要分野であるのに、おろそかになることは必須です。

 しかし、これからは制度の問題にしている段階で、先には進めていません。この成立施行された制度の中で、いかなる活動を見いだしていくかが、これからの制度改正にものを言えることになると確信しています。制度だけに物議を交わすのはそれから。そんな思いで変わっていかなくてはならないと感じています。本当に地域ベースで支えていくべく我々が感覚を変えることが必要なのです。

                         若狭 清史