二月に入りました。長野は雪がほとんど降りませんね。先日は駐車場で早くもノーマルタイヤに履き替えている方もいらして、びっくりしました。受験生の皆さんにとっては雪がないことで滑ることもありませんので、頑張って乗り切ってもらいたいと思います。

「付き合いの重要性と馴れ合い」

 今、宮崎県が非常に盛り上がっています。今は昔、長野県の田中康夫知事就任時の盛り上がり・期待に非常に似ていると感じているのは私だけではないと感じます。そして、ここにきて、副知事起用問題で、東知事は自民系の知事選候補者を擁立にあたっているとのこと。もしこれが現実的になれば、私としましては非常に面白い人事であるなと感じます。今までにはない、また、本当に宮崎県を少しずつでもよくしていこうとしているのだなとも見れます。これは、田中康夫氏と県議会との対立でも見て学ばれたんでしょうかね(笑)ただ、ここで、私は、サプライズ人事で改新できるのか、人数できめる民主政治によって馴れ合いにならないかだと、思うのです。ここをきちっとした手腕を振るっていただきたく思っております。

 例ではありますが、日本は不良債権処理が大分進んできているとはいえ、中央地方あわせ、800兆、もしくは1000兆円ともいわれている借金財政処理までは程遠い道のりであります。その背景には公共事業の存在もその理由の一つとして大きく垣間見れます。かつて、公共事業は施設を作る際の二次雇用創出で景気回復効果があったのは事実ではありますが、実はこれは、多額の国債発行でまかなわれ、それにより、日本は先進国一の借金国になっていったのが実情であると思うのです。

 なにしろ、日本の公共事業費は世界に類を見ないほどのものであります。一つのデータですが、95年アメリカを含めた主要6カ国の公共事業費は約2600億ドルでありますが、日本は単独で約3200億ドルという結果をみてもわかるように、公共事業費の大きさを露呈しています。

 この背景には、様々な圧力団体、地元有力者や、国民の自己保身に後押しされた議員が改革を骨抜きにしてきたのも事実としてあるわけです。人付き合いの重要性は充分承知していますが、馴れ合いになってはだめであると思うのです。

 国民の代表である議員たちが舵取りをきっちりしなければならなかったのでありますが、馴れ合い政治をしてきてしまったツケが今になって出てきているのです。これからの未来・将来を考えるのであれば、やはり、行き過ぎた馴れ合いは時代時代の自己保身の集団にしかならないのです。であるならば、行き過ぎない馴れ合い政治をするべきであります。

それには芯の通った政治家・雰囲気の読める政治家を輩出しなければならない、それには我々の自立に関わっているなと感じた今回でした。

                        若狭 清史