我が家で犬を飼っていますが、目が完全に失明していて、色々な所に当たっている姿と、何不自由なくいる自分とも比べてみて、社会に生かされているという認識をよりつよく持たなければいけないなとふと感じました。

「視野拡大」

先日、国内にいるアメリカ、アラスカ(米)、カナダの方々の経済関係者との会議に出席して感じた事をつづりたいと思います。
当日、日本人は私だけで、内心ドキドキしていましたが、いざ会議が始まると、各セッションごとに議論が白熱し、そのあとの懇親会でも大いなる刺激を受けてきました。

とにかく、各人が自国への思い、世界経済への必要性などの持論や意見が多くあり、大変勉強になりました。新興国への対応、米国の世界的位置の確保、欧州との連携など、休みもなく永遠と議論していました。その中に日本の立場をどう置くのか・・・これは今後の課題だなと認識しました。

40数名の大きな会合でしたが、各人が危機管理に重きをおき、最悪を想定しながらの経済動向を分析していました。危機の時ほど情報収集につとめ、ダイナミックな施策の実行をとの話をきき、日本にもあてはまる話だと思いました。

やはり、今回の会議を通じて、議論の内容を記すのは大切ですが、強く感じた事は、英語を話せる勇気が日本人にはあったほうがいいということです。たとえ、文法が間違っていてもその場で学びながら、コミュニケーションをとり、家でおさらいをしながら、力をつける必要性を感じました。

日本人が日本のことを強く思えば思うほど、外にでて色々な知識をつけてくるべきだと感じます。日本にいたら、日本に対してどこまで正しい判断が出来るかは未知数ですし、それを保守と勘違いをしてしまうかもしれません。しかし、外からみる日本は冷静にかつ、大胆にみていけると思います。

日本に限らず今の国家があるのは、先人の方々の蓄積の歴史であることは言うまでもありません。今の人間だけがすばらしいのではないのです。であるから、外にでて、自らの国、世界をみる環境を作っていく必要性を強く感じました。それには、まずなんちゃってでもいい英語を話す勇気です。

あとは、地域科学の普及です。メディアリテラシー同様、地域科学を当たり前の環境にする事も大事だと思います。物事を遂行するのに感情を軸に施策をするのではなく、数字で判断していく、分析していく、文系化学とでもいいましょうか、そんな地域構築がもとめられると思うのです。

そうすれば、相対的な問題の深刻度も数値化すればがわかりますし、根拠のない感情的でセンセーショナルなメディア報道に流される事はありません。
世界中はそんなのは当たり前で、そんな話が軸にあるので、今回非常に楽しく過ごせました。

用は相対的にすべてを見れるかどうかだと思います。自国だけに問題があるのではなく、諸問題はすべては、潜在能力を見出せれば解決可能な問題だらけだということです。

会議でも「日本経済は国民の動向で変わるから、その波さえあえば、買いのチャンスがくる」などという意見も平気で出るくらい地域科学の普及に疎いと感じます。

いつも報道や政治家は、諸外国がこうだから日本もこうすべきだという感情的な観点で物事が進みがちですが、完璧な政治や国家政策というものは存在しませんということを、認識するべきです。世界にも存在しないのですから。だから、日本は諸問題を他の国と比べて喜怒哀楽をしすぎず、相対的な分析をしていく必要があります。

ですから絶対視しない環境を創る必要があると提唱したいと思います。
それには、まずは英語を話す勇気だと思います。
機会は自らつくり、とにかく話しましょう。下手でも良いと思います。

そんなことを感じた、今回でした。
しかし、彼らは良く食べ、良くしゃべり、良く踊りながら、交流をしていくなと感じました。
疲れました。

                             若狹 清史