先日韓国料理を食べました。米国滞在時は毎日といっていいほど、はまった時期がありましたが、久しぶりに食べると、今は当時食べた事を懐かしく感じる味と感じました。音楽も食事もその時々の時代がよみがえってくることもできる、ステキなものですね。

「同盟」

米軍基地移転問題が連日話題をにぎわしています。
みなさんは、今回の問題をどうとらえているでしょうか?

選挙時に国外、最低でも県外移転と現与党が言っていたから投票し、そうならないから反対としているのか、それとも旧体質の政治に嫌気がさし、期待をこめて現与党に投票したが、メディアの与党批判に便乗し、反対といっているのか、はたまた投票に行ってない人が、ただ反対といっているのか、多岐に渡ると思います。

私は、報道をみていて「移転問題に反対」をしている人がほぼ全員だという認識をもたせる報道に疑問をもちました。そして「反対」の理由があまり論理的でもないし、県、町が経済的な発展、反映を謳っている施策とも矛盾を感じます。

米軍基地でなく、自衛隊ならば受け入れ可能なのか、米軍だからダメなのか。米軍がもし来た時には、経済的発展を見込めないと予測しているのか、危険が伴うからなのか。
報道ばかりが先行し、島民の皆様の感情的な側面しか見えていないのが残念であります。

私は今回の問題を見ながら、日米同盟の政治的判断の難しさを感じています。
これまでも日米問題に関して様々な議論がされてきました。米国とどうやって向き合い、その向き合った結果として、どのような成果が見られたかの検証はどうなのか。など。

政治学ではよく同盟国における概念の中に「同盟のジレンマ」といわれるものがあります。
同盟を結んだ国家が、内心①「見捨てられた場合の不安」と②「同盟国の経済や有事などに巻き込まれないかの不安」が緊張の糸となって、同盟はバランスを保っていると思います。

①の場合、自国の安全と安心や利益を脅かす紛争など問題が起きた場合、同盟国はきちんと同盟誓約を尊守してくれるのか、もしくは順守せずみすてることはしないのかの不安を意味し、
②の場合、同盟国が紛争や諸問題を起こした場合、それが自国の安全と安心や利益と関係がどれだけあるのか、全くないのならそこに巻き込まれないかどうかの不安を意味します。

これらの問題を同時に解消することが出来ないのが、ジレンマとなります。
見捨てられないように関係を強固にしていけば、巻き込まれる可能性が高まりますし、巻き込まれないように弱体化していけば、見捨てられますし・・・。

この葛藤はどの同盟国にも存在しています。

ここに、昨今の問題の本質があり、国民が理解をし、そして政府との今後の方向付けの協議に入るべきなのかなと思います。

日本として、どこまでの対米協力を行なうべきなのか。
在日米軍の維持や同盟協力の意義をどこまで明確にするのか。同盟国として費用の補填をどれだけする事で、①②のバランスを保障してくれるのか、など議論がつきませんが、しなければいけません。

この関係が有る以上、日米同盟の「是非」は争点にはなり得ません。しかし、国民的合意が日米協力にあるかといえばそうでもありません。

この部分が外交的政治判断となるのだと思います。
政権交代をした今だからこの局面を向かえ、一つの方向に迎えるいい機会だと思います。

米軍基地問題だけに限らず、「同盟」を結んだ事の責任と、葛藤を、一つの機会に明確に示す事で、日本の立場を誇示することにも繋がるのではないかと思います。

ただ単に平和を唱えるのではなく、あらゆるシチュエーションの中で、平和を目標とし、どの道がベストなのかを、我々国民自身が考えていかなければならないと思いながら、昨今の米軍基地移転問題、そして同盟の意義を考えていきたいと思います。

                            若狹 清史