今年は暖冬でなかなか雪が定期的にふらず計算がスキー場はできないそうです。そんな中、白馬のヤナバスノーパークさんでは1000円で一日券という試みを行っているそうです。赤字覚悟で、場所と名前を知ってもらえる周知期間だと話されていました。やはり、経営というのはこういった覚悟があって成り立っていくのだなと、考えさせられました。

「不自由」

先日、障害者施設にお邪魔しました。講演をさせていただいたり、一緒に活動させていただいたりしますが、その話を机上でしていくとどうしても、ギャップを感じるときがあります。

それは、机上では制度や予算、また仕組みの中に利権が生まれます。しかし、現場では、障害者の方々が暮らしやすい社会環境をいかに整備してもらえるかという声が響いています。

そもそも障害とは、WHOの国際障害分類(ICIDH)では、機能障害、能力障害、社会的不利の三つに分けて、障害というものを想定支持してきました。さらに2001年にこの改定がされ、人間の生活機能と障害は「心身機能」と「活動」と「参加」のステージと「環境因子」などの外からの影響を及ぶすと想定される因子で構成されているという、捕らえ方が国連で採択されました。

つまり、障害者といわれる方々の社会生活するうえでの、個人の障害は、社会的不利や環境因子という社会的環境や制度にも問題があるということを示しています。

実際の現場や社会で上記の認識がどれほどもたれているかというと、希薄であると思います。実際に、ご家族の方々ですら、中には希薄な方もいらっしゃいます。
今、都心を中心に、ユニバーサルデザインというものが浸透しつつありますが、地方では真剣に行政を含め関係機関が取り組もうという話にはなっていないのが、現状です。

障害だけに限ることは、できませんが、福祉国家として日本は存在しているわけですから、金銭面の補助に限らず、心と心の進み方という側面をいかに振興させていくかが大事でもあります。

障害という個人の問題としてみるのではなく、生身の人間が様々な状態に陥ることは、誰にでも当然にありえるわけです。ですから、障害という個人の特質として捕らえ、障害があるから生きられない社会をつくらないように、していくというのが、本来求められてくる姿です。

現場で感じる、生活上の不自由をなくそうと考えたときに、その不自由な部分をいかに手助けできるのか、またそういった人の存在と、どのような状態のときでも対応できる社会環境の改善が必要だと思います。

地域福祉の中に、介護だけに集中しがちですが、こういった障害という分野も含め、机上での議論が必要に思います。人間関係を含めた社会環境づくりこそ、障害者だけに限らず、老人や弱者といわれている方々の人権を保障する社会への第一歩だと感じます。

そんなことを考えながら、机上と現場の声のギャップを埋め、ひとつの兆しになるよう研究していきたいと思いました。

                  若狭 清史