先日、所属野球チームの大会にでました。様々な集まりの中で一つの目標のために白球を追いかける姿は、非常に忘れてはならないものだと感じました。団結力、また集中力、日頃からの努力が着実に形になる近道であると感じました。日焼けが非常にひりひりしますが、最高の一日でした。
「地域環境の懐古」
先日、福祉の専門家の方と話していく中で、これからは、「死」というものをきっちりと議論していかなくてはならないという話が出ました。
人間の「生死」は、その人が貢献してきた地域社会に返すことだという議論をしていってもいいのではないかと感じています。その背景には、生きる・死ぬという命の尊さや、命の継承・また感性を磨いていくためにも、生死が身近なものであると問題視していくことが、今後必要になると感じています。
「看取り」ということを言われている、専門家や現場の方もいらっしゃいます。この、「看取り」を、関係者や地域を含めた方々が理解していかなくてはなりません。
自らの育った地域、また、自宅で自分の最期を送りたいと考えている人は多いというデータも出されていますが、実際は病院でなくなる方の人数は、ここ30年弱圧倒的に多い現状があります。
医療技術・科学技術・福祉技術の進歩により、人々にとっては、非常にいいことであるかのように、思えますが、必ずしてもそうでもない現状もやはりあります。
経営重視になった結果、ある程度の病状であれば、預け助けることもできますし、その後のケアもきっちりしています。ただ、進歩があったが故に、治療不可能とわかれば断り、経営不振になれば、地域にとっての役割性を捨てて、廃業する病院、お金がなければ、福祉サービスを受けられない現実。
これでは、本来の意味する形ではないことは明白になります。社会福祉士の丸山貴広さんも話されていましたが、患者・利用者さんの視点に立って、経営をしていくことが本来の形であるとも思います。
「生・老・病・死」が医療にとりこまれた結果、日常生活をしているところから明らかに隔離されてしまいました。
自らの最期は自らが決められるだけの、ものが必要になると思います。
本来の、医療・福祉は悩んでいる、困っている人の為のものであります。今は、治すことを中心とした体制になっているのは明白です。
それがいけないのではなく、そういった視点が今、不足しているのではないかと思うのです。医療・福祉業界も、治りそうもないから、また保険適用でないから、治癒しない、引き受けられないというのではなく、本来ある使命・覚悟がまずはなにより、求められることになるのかもしれませんよね。その感覚も地域含め必要になります。
介護サービス、在宅ホスピス、在宅ケアなどを考えていく上で、やはり地域環境がいかに大切かを考えていかなくてはならないと思います。近年、地方・中央問わずに核家族が主流になってきています。今後、ますます、一人暮らしの老人や、高齢者のみの世帯も増加していくと予想されています。多世代での暮らしが難しい現況の中で、地域ぐるみでの「看取り」「看取られる」ネットワークを繋げていくのは、やはり「ご近所づきあい」や「地域ぐるみ」というコミュニティが必要になると思います。
地域に根付いた、病院、看護、介護、在宅ケア、在宅ホスピスなど、今一度本来の精神に基づいて考えていかなくてはならないし、その活動をされている方とも連携をはかり、今後の課題として取り組んでいかなくてならないと感じた今回でした。
若狭 清史