今年も一年が二週間過ぎました。このスピードの積み重ねが人生であるとは思います。悔いの無い人生を歩むために、最低限のマナーを身につけ、大いに進んでいきたいものです。

「教育の本質」

昨今、情報媒体が中心にいじめ問題を提起しています。以前は、切れる子どもが多いと指摘もありました。政府も過敏になっているのは事実でしょう。しかし、私も含め多くの方は今に始まったことではないと感じているのではないでしょうか。(これらの問題を批難するつもりはありません)

幕末以前から明治・大正・昭和初期といった時代に日本に渡ってきた外国人、また来日してきた外国人たちは、各著書で「日本の子どもたちはまるで大人のような、賢明かつ落ち着いた態度を取ることに驚いた。」「日本人の子どもたちは、精神の熟度が突出している」などあります。これには、私は、子どもたちは大人の世界、生活に交じり、振る舞い方や生き様を自然に学んできていたからだと思うのです。

もちろん、現代と当時では社会体制の大きな違いがあることは承知しております。ただ単に比較などできるものでもありませんが、「子どもの姿」は我々「大人の姿」の反映であると確信しております。

切れる子どもが多いのは、堪忍袋の尾がすぐ切れる大人が多い証拠です。いじめがなくならないのは、大人社会にいじめが存在している証拠です。

今、我々大人が、何事にも耐える「堪忍袋」が必要なんではないかと思うのです。「堪忍は万宝に代えがたし」ということわざがあります。いらいらすることも、腹ただしく蹴落としたくなることも、堪えて他人の姿を許す。この「堪忍」は何事にも代えられない値打ちがあるのではないでしょうか。

まずは、我々大人が、その気持ちを今一度取り戻し、包容力を身につけることが大切ではないでしょうか。そんな自分かどうかを振り返り、歩んでいきたいと思った今回でした。

国民は分別判断をもつ意識も必要でないかと思います。
教育の本質はまず、自立・自律から始まるのではないかと感じます。
私も日々、勉強であります。
                           若狭 清史