先日、観光に関する調査を行いました。意外と若いみなさん、「家にあるものが充実しているのであまりでかける気持ちにならない」という意見が多く参考になりました。雨でも若い世代でもくる地域を逆に調べていき長野県にも参考になればと思います。

「百年の計」

先日、教育関係者と教育行政の話し合いを持つ機会がありました。その話で感じたことを綴りたいと思います。
元教育委員の方や現職の教員の方、組合の方、地域で教育活動を行ってきている方など、様々な教育に携わる方々が集まりました。
みなさんが、各々の立場の中で、教育に対する主張をされていました。これは理解できますし、教育とは国家百年の計といわれるすべての分野に精通するモノですので、色々な議論があってしかるべきです。

そんな中、教育経験者の方の意見で大筋で整ったのが教育行政への税の投入をもっと行い、少人数学級の実現、全クラス二人担任制、職員給与増額を行い、6年生大学に制度変更などを、出されていました。また、このような教育をすることで失業者の軽減につながるとまで言われていました。しかし、その根拠や理由には説得力に欠け、何か上記がどうしても必要だという、どこか利権や感情的にもにた「点」での議論が展開をしめました。

私は、少し違う感覚がありますので、そこから色々な議論になりましたが、私は上記の狙いが何の意味をなすのかをもっと説明をしていただきたかったなという想いになりました。私も「教育」の政策こそが何よりも国益になると考えている一人として、受益者自らが制度の維持や変更を要求するばかりでなく、より厳密な説明責任が要求されるという認識を教育行政にも取り入れていくべきだと思うからです。

話はそれますが、農業政策にも似ているところもあります。農業保護政策の正当化です。これも農協や国は食糧自給率を理由に正当化している政策です。しかし、カロリーベースでの食糧自給率提示は日本だけですし、世界のエネルギー自給率では4%しかない、日本では農業保護政策の正当化は無意味という意見も片方でありますし、納得できるものになりつつあります。
(上記についての議論は次回、綴りたいと思います)
しかし、受益者は不都合な反論を無視している現実があります。

教育施策も農業施策とにている点として、大きな組織があるということです。そのおかげで事実と向き合えない現状もあり、文化を慣習と勘違いをし、「情」のみでの施策になっているということです。

やはり、事実とデータに基づいた地域科学的議論が必要であり、その責任が教育に携わる方たちにもあると思うのです。
税をなぜもっと教育行政に投入が必要なのか、その使い方はなぜそうなったのか?現場の先生の「本質」を見抜く評価は何になるのか?などの誰もが納得できなくても理解できる正当な理由をやはり述べなければならないと思います。

そもそも施策を実行するための研究は、ブランクストレートとして議題にあがります。
教育は何のためにやるのか?教員からの目線、保護者からの目線、国家からの目線はそれぞれちがうと思います。
①教育者も労働者としての身分保障を確立し、教育に関しては勉学を主体とする教育を規定年数こなすことが教育。
②高卒と大卒では生涯賃金での差が歴然としており、大学教育での収益率は年率6~9%と極めて有利な投資なので、それまで問題なく「子守り」的立場で学校で預かってくれればいい。勉学は塾でする。教育や道徳はいずれ本人が気付くのが教育。
③知能に遺伝的な影響があることの調査を深め、言語的知能や論理数学的知能に生得的に秀でた子どもが、高学歴成果を納め、同時に国家にも経済的繁栄があるので、それに似合う制度にするのが教育。

と考えるのか。どれも私にはパッときませんが。
私は、教育が一部の人にしか効果がないのなら、国家が介入する正当な理由はなくなると思っていますので、教育行政の崩壊を意味すると思います。

ただ各自の教育利権の為に「教育」を謳っても、ブレア首相のように教育の強化を行ったが、若年層の失業率の低下はおさまらなかったケースもあります。

私も月の半分は子どもたちと向き合う機会を作らせてもらっています。
彼らが何を感じ、それを道徳的にどう律することができるのか、真剣にぶつかりあい、教育制度の壁にぶつかれば、それをどのように変えることで、本人の為であり、地域の為であり、国家の為なのかを、受益者自らが不都合な事実から目をそむけることなく、国家理念の下、自らの実践において、データと事実、そして熱意に基づいて議論するべきものが教育行政だと思っています。

各々の立場で「教育は素晴らしい」を積み上げても、食糧自給率問題と同じ道をたどるだけだと思います。

各々の立場でみなさん話されていましたが、「言いたいことを自分の立場でいい、歩み寄ることは、上の組織や政治がやるから何も一人ではできない」と何か、子どもたちと話しているかのような会議でしたので、教育に携わる方々として残念な会議でした。

希望に満ち溢れている若い教育者。不道徳感覚が横行している若い保護者。
共に次世代を担う若い世代。今回は居なかったそんな方々と次回は真剣議論をしてみたいと思います。
また、報告させていただきます。
                          若狹 清史