逃げ道を確保しながらも言い訳を武器に生活をしている「なんちゃって男」が多い中、若くして苦労をして自分の目標達成の一歩を踏みだした若武者と会い、醸し出している自信と信念をみて、頼もしくもあり勇気づけられもしました。大いに突っ走ってほしいし、長い付き合いをしていきたいなと感じました。そんな出会いを通じて、今日も頑張ろうと思います。
「雇用」
今回は震災に関する経済活性について考えを綴りたいと思います。
近頃、よく「自粛モードはよくない。カネが回らず不景気になる」という声をメディアや政治家から聞こえます。先頃の統一地方選挙でも候補者が上記のようなことを訴えていたと記憶しています。
あるベテラン候補者は「被災地の方から、~日本のみなさんもう現地には元気もらったから、今度はこちらが恩返しする番だから。自粛モードで経済停滞させてしまい申し訳ない。~と、言ってもらいたいくらい、自粛モードで長野は経済停滞だ。」などと私には理解できない演説をぶっていました。
私は、経済を本当に研究した政策を訴えていくべきだと思いますので、自粛モードによって経済が停滞するという理論に疑問を感じております。
私は、震災の議論は重要だと認識していますが、身勝手な批判と論争だけでは、新しい対策は見えてこなく、付加価値のある議論が生まれないと思います。
そもそも、今回必要な経済施策は「雇用」だと思います。
どうも、日本の経済政策は需要政策が偏り重宝され過ぎていると思います。ですので、経済構造の本質的改革を考えると、潜在的な供給能力を高めなければ、経済がまわらないという議論になりがちです。
私は、「今回の震災による経済困難は、自粛モードがいけない。まずはそれを解除しよう。さもすれば経済がまわるという議論」には違和感を感じるのです。
経済を研究している先生にも賛否はあるでしょうが、需要刺激策自体には一時的に、自粛している経済を元の状態に戻すと言う点では意味があるでしょうが、本質的な経済成長には直結しているわけではなく、需要を生み出す成長戦略ではないということだと思います。
その前に、経済戦略がうまくいき経済が成長するならば、その以前から経済が機能していないとい立証したのと同じであり、それを解消すれば成長するのではなく本来の経済の状態に戻ると言うだけのことです。
ですから、私は需要政策のバランスを見直し、需要政策の「雇用」という部分をいかに政策としてまた政治的にアピールをしていけるかだと思っています。
これは、自粛モード解放が経済回復ではなく、需要を喚起し、失業を減らすことこそが経済成長をもたらすという事実を経済対策として位置付けていくものだと考えます。
例え風評被害や土壌の問題や雇用の問題で、10年間農家の方々に金銭的補償をしたとしても、需要が失われたことは事実であり、社会資本は失われ10年後に農業を再開しようとしても、従来の人的資本や生産システムとしての資本や流通などは存在していないと思います。いうなれば、経済成長は止まり衰退を意味します。
こういった理論を経済施策に取り入れていくべきです。
ですから、今東北に必要なのは、仕事すなわち雇用であり、所得ではないのです。
今までの「復興には穴を掘る仕事が必要だ。」であったり、「建築物の再構築が必要だ」ではないのです。公共事業による単純労働をバラまいたり、農業を減反し、その保証で所得保証という、施策は時代遅れも甚だしく、旧体質、利権の構造でしかないのです。この施策は、所得は維持できるでしょう。しかし、経済は維持できません。
近年の中東経済問題が証拠を示しています。
原油があれば経済がまわるという概念は崩壊しています。仕事、雇用が必要なのです。
私は、プロバガンダ、選挙一番の政治家の政策より、国策を考えている経済人の政策にこのような経済理論の構築を望みたいと思いますし、そう考えられている先生も多いと近頃、感じております。
また、先日もお世話になっている宮下智先生との会談の中でも、「国立公園と東北地方の代替案」という論を聞き、これは興味深い施策だと思い、経済動向も研究しながら今後の調査の参考にしてみたいと思いました。今、日本は大きく新しい理論で進めていくべきなのかもしれません。
そんなことを考えた今回です。
若狹 清史