先日湯船につかっていたらいつの間にか寝ていました。気づけば3時間が経過していました。幸い風邪はひかずにすみましたが・・・。何事も気を抜きすぎるのはよくないですね(苦笑)

「ネット」

よく異業種交流会や若い世代との交流会などに顔を出しますが、その中の議論ではスムーズに進みます。しかし、真の腹のうちを話せているのかというと、各々ビジネスでの付き合い上であったり、仲間関係があり、そうでもないと思います。そんな中、ネット会議というモノに先日参加させていただきました。ここでは、顔をカメラで見せたい人は見せてもいいし、見せたくない人はPCの文字のみでの議論参加が可能なそれでした。この試みは非常に腹のうちが出てくる、会議で面白くもあり、人間の弱みでもあると感じました。そんなやり取りの中で感じた事を綴りたいと思います。

とにかく、ネットを使った媒体が多い近年ですが、本心が聞けて現状をしる機会にはなりましたが、内容は批判が非常に多いと思いました。ネット会議の中には、様々な記事やエントリー内容を添付してきて、議論がスピーディに進みます。現政権や特定の政治家を批判する理由を明記したりしています。これも一つの市場なので、需要があれば、此れを満たす供給があると言う事なのだなと改めて思いました。

しかし、何かPCを通じての腹を割った?会議では、各々が出してきた記事やエントリーを読んで批評しあい、内輪揉めに明け暮れ、最後は大事な事を何も決める事の出来ない政治への責任と位置づけフラストレーションを解消しているように見えます。

私は今回のこの会議は非常に今の国民一人ひとりの質を見ているような感じになりました。有権者の一人として感じたことは、こんな事を繰り返していても、日本の政治は少しも改善せず、結果、ゆがんだ道に進んでしまうと言う事です。

そもそも政治とは国民を映す鏡です。であるならば、国民を切り離して政治のみを罵倒しても意味があるとはいえません。自らが選んだ政治運営者は、有権者の顔であり、その自らの顔の醜さに嫌気をさして、鏡に八つ当たりしているような感じに見て取れます。

結局、政治を劣化させた要因とはと考えたときに、国民のおねだり体質が大いにあると思うのです。本当に必要な事に使われるべき税金を必要な事に使われていないということです。

選挙に勝ち議員で居続ける為には、有権者を満足させねば成りません。その満足とは何かと問うと、多くの有権者の本質は「おねだり」です。何もしないけど、おいしい飴玉を口の中に入れて貰うことをしてくれる人に、おねだりをしているのです。

また、高齢者優遇社会も政治を劣化させていると思います。今回も高齢者の方も参加されていましたが、「残された時間の少ない我々世代が公平に将来を考える事など無い。自らのことを楽して保証してくれる人を求めるのはある意味当然である」と発言していました。
いいか悪いかの議論の前に、高齢者票の欲しい議員が、高齢者に迎合する事で、結果、社会保障費はまるで風船の如く膨れ上がり、税金の使い道の幅を狭めています。

また、報道も楽して稼げる内容ばかりを取り上げ、それが国民の求めている情報かのように報道しています。国や地方の将来を憂い、抱える問題を悩み、これから必要である政策立案に真面目に取り組む人たちが沢山いると思いますが、その内容を決して伝えようとしない今があります。

やはり、私は国民の一人ひとりが、もっと政治に対しコミットしていくべきだと思います。一人ひとりが有望な人間を見つけ出し、その人間の政策を理解し共鳴をし、わずかであっても経済的支援をするという事は、海外でよく見受けられ、当たり前となっています。
自らが納得し選んだ政治家がミスをしたら、有権者の責任でもあり、潔く反省をすることができます。

今回の会議を通じて、議員や政治家を罵倒の対象とするだけでは無く、自らの顔を鏡できれいに映し出せるよう共に理解し、共鳴し、支援し、そして育てて行く対象との認識に転換すべきではないかと強く感じました。

面と向かって話すことができないことは感心しませんが、本音や大人数の方々の気持ちを聞けたのは非常に有意義なことでした。
また、参加したいと思いました。
                         若狹 清史