子どもたちと交流する機会がよくありますが、口をそろえて「いじめはいけない。陰口悪口はいけない」と言っています。この気持ちを忘れずにするのが大人の役目ですが、大人社会は上記のことばかり。説得力のなさに子どもたちもまた同じ大人になっていく。こんな悪循環を変えるための道徳教育が必要ですね。
「期数」
先日、外国の方々から日本の政治に関しての意見を聞いたり交換をしたり勉強会に出席したときに感じたことを綴りたいと思います。
「今の日本政治の扱いを海外から見ていると、安っぽいエンターテイメントのように見える。メディアや記者たちもどこまで愛国への発展を望んで真剣に取材や勉強しているのかが見えてこない」と何人かの方から指摘を受けました。
「政治がどういう舵取りをするかは、国民生活を確実にそして大きく直撃してくるという現実をどこまで日本国民は理解しているのか?」とも指摘され、考えさせられました。批判したり、無視を決め込んだり、新しいことは危険だという認識では悪い方向に行ってしまっているということをそろそろ認めていくべきだと思います。
私も色々研究させていただく中で、政治家に政治をしていただく環境を国民が作っていくことが大切だと思います。その中で、議員の期数制限や冠婚葬祭への出入り禁止などを明確にしていくことなどの身近でかつすぐできることをしていくべきだと思います。
期数制限されれば政治人生に期限があるわけですから、必死に調査研究し政策立案を行えると思いますし、冠婚葬祭への出入り禁止も選挙の為の政治を取り行わなくてもいいと思います。何より新陳代謝が進むと思います。
カリフォルニア等では市議でも州議でも2期8年をまずもっての制限と設けています。日本国内でみるとなかなか保守性地域性でも違いがありますので、5期20年で如何に政策実行ができたのかが限界との見方も専門家がいわれているケースもあります。
日本はいかに長く議員をやったかで表彰すらあります。本来、政治家は在職時間で評価されるものではありません。その風潮結果が今の日本の悪い点であり年功序列のいい点?でもあるのかもしれませんが。
私も色々な議員の方々とお知り合いにならさせていただいてますが、議員の出世も年功序列が当たり前になっています。民間企業のサラリーマンとまさに同じです。それは経験がモノを言うという言い分ですが、議員は活動をどうするかは自らに任せられているわけですから、同じスピードでどの議員も活動しているとは限りません。
ですから、よく議員さんからは「出世は年功序列だ。最初から目立てばベテランの反感を買うだけで出世に影響が出るよ。のんびりのんびり」というような発言がよくよくきかれます。
今回の会議でも当選回数主義をここまで絶対的にしている国は先進国では日本くらいだという評価が多く見受けられました。未だに社会主義のような感覚だという酷ないい分も多々見受けられました。確かに、学歴だけで評価する昨今の就活をみているようで、これでは人材が育たないと思います。
よくよく日本の現象でみうけられることが20年経っても政治家としてのライフワークが実現できない政治家が、もっと長くやればできると思っているのだろうかだろうか? ということです。よく選挙でベテラン議員が「遣り残したことがある。今の停滞した現状を打破するには経験だ」と言われますが、決して誇ることではなく、恥ずべきことではないかと思うのです。もちろんきちんとライフワークを確立した議員の方には該当しませんが。
もし、民間であれば20年も、30年も議席を独占しながら、成果が出せない人材であればお払い箱になることは間違いありません。また優れた後継者を育てるのも政治家の重要な使命であり役割だと思います。いつまでたっても実現できないなら後進に道を譲り托すこともまた良だと思います。
以前にもこのような議論を現職議員の方々や識者の方々と議論させていただいたことがありました。その時にも「政治家歴の浅い政治家ばかりになれば、経験もなく機能せずに危惧だらけだ」というご指摘を多々受けました。
しかし、これからの新しい時代の政治に、政治経験が長いだけの人たちから学ぶべきものが、そうたくさんあるとは思えません。もちろん命がけで政治家人生を歩んでこられた議員さんからは学ぶべきものが沢山あります。それにしても、その方たちが引退していても、学べばいいだけのことです。いつまでも伝統芸能のような「立場」を我々国民も検証していく必要があると感じます。
議員定数を極端に減らし、地方も含め議員事務所へのスタッフ確保へ補填、などの制度も見直しも含め、上記のような見方を政治家自らが律するべき政治が日本の国益獲得にむけて大事なことだと思います。
厳しい内容のようですが、これからはグローバル化になってきているわけですから、日本と言う国家、地方をどう論じ舵取りをしていくかで、未来が変わるわけです。まさに真のナショナリズムの構築の為に、上記を論じていかなくてはならないと思います。世界はこうみているわけです。いつまでも「何を言われようが我が道を行く」スタンスを取り続けることが正しいだけとは限りません。
そんなことを感じた、国際勉強会の一こまでした。
若狹 清史