若者と最近話をするが、夢をもっている若者を蹴落とすかのようにしている、大人の社会がある。人生の「美学」はその人その人だと思うが、その美学を間違えると功績が一瞬にして滅びてしまう。そんな姿を若者に見せない大人にならなければならないと思う。

「至上」

色々な学者の先生方(同分野でも思想の違う先生とも)と「政治」に対しての議論を数年かけてしています。先日は考古学の博士の先生と話をしました。毎回感じるんですが、「政治」と一言で言いますが、各専門分野の視点からみても、「十人十色」というか、全く見ている観点、理論が違う事が興味深く視野の拡充に繋がります。

今回、地球環境分野までを視野にいれた宇宙規模での政治政策が今後必要になってくるとご教授いただきました。地球は誕生してから46億年と言われています。(この定義自体を否定する博士もいらっしゃいました)その地球の歴史を1年に短縮してみると、人間の祖先である新人類が生まれたのは、12月31日23時58分という計算だそうです。

このたった2分の人類の歴史が、過去地球が築き上げてきた364日23時間58分を崩壊させてしまう可能性が今後多分にあるというのです。

この2分の人類の歴史で、人口は約1000倍、またエネルギー消費量にいたっては一人当たり約100倍に膨れ上がり、それらを足した総エネルギー消費量は10万倍に跳ね上がっていると言われているそうです。あまりパッときませんが、この数値は太陽が地球に照りつけるエネルギーの0.01%に相当し、自然環境に絶大なる悪影響を及ぼす規模となっています。

産業革命が行われていた時代は今よりたった2秒前の出来事になるというと、エネルギー消費が急増した時代が如何に身近なものであったか理解できます。

その先生は、地球にこのまま負荷を与え続ければ、人類は安全な生活環境を失うと危惧していました。異常気象のサインを見逃さずに、「政治」が真剣に議論をし、解決に結び付けていかなければならないとおっしゃっています。

とりわけ、環境政策などをみても、どうしても利権構造が出来上がっていて、学術的にも未発展である分野には、様々な説が横行していて如何に政治に太いパイプを持つかで、「真実」がゆがみかねません。リテラシー教育の発展が少ない日本ではなおさらのことです。

地球の資源や面積が有限であることを考えれば、拡大成長路線自体がやがて行き詰まることは明白だと思います。本当にこの流れをどうしていくかは、至上命令のように感じます。

日本人は元来、自然界に存在するあらゆる物に神を宿してきました。これは世界的にも珍しい部類になるそうです。こういった思想が生まれ持ってある日本人が、人類が自然を支配できるなどという傲慢な考えを持つことをせず、人類も地球という船に乗り込んだ様々な乗客の一部に過ぎないという謙虚な姿勢を再度持つべきであると思います。

私は、現在の地球や主に日本は、ナショナリズムが希薄し、贅沢の限りを尽くした時代を体験していると思います。同時に、我々は、単に経済的・物質的に豊かになったところで、それがそのまま個人の幸福に必ずしも直結しないことに気づき始めているとも思います。

現在、不景気という言葉が毎日のように聞かれます。私は、モノが売れないのは将来不安だからというのが原因ではなく、モノは買うけど、飽きては捨て、飽きては捨て、という生活様式に単に飽きてしまったということだと思うのです。

今回、考古学博士から思わぬ視点で「政治」に対してのご意見を頂戴し、物質文明の先頭を走る日本がこれから、どのように舵とりをしていけるかが、日本が世界に新しい価値観、社会のモデルを創造していけるかが、地球にとってとても重要なことになっていけるのかもしれないと感じました。

今だけ良ければいいという、「わがまま」な感覚を「肯定化」している国家は衰退し、地球規模でもマイナスになるということに気付くべき国家が日本であると信じ、進まなければならないと思います。
                          若狹 清史