先日、考古学の専門家と話をする機会がありました。
「ほとんどが正直、現代の常識に基づいての調査結果になるので、絶対的ではない分野」と話されていて、リテラシーにも精通している部分がありました。しかし、夢がある分野だと思いますので、私も考古学の推進や研究を支援したいと思いました。
「是非」
昨今、長野市では、市民会館や第一庁舎建て替えの是非を市民が考えるという動きが一部の市民を中心に見えます。
この動き自体は、市民力向上に一定の効果はあると思っています。
しかし、分析をしていくと、最終目標がどこなのかが見えてこないのです。
まずあのような活動をされている役員の方々は、基本的立場で①ハコモノ反対論者なのか、それとも②現首長市政への反対者なのか③何かのパフォーマンスをすることが好きなのか。はたまた、④本当に「是非」を市民によって、もう一度現首長の下、議論しなおす為の活動なのか。
(市民の賛同者は署名にどこまで深く考えて署名しているのかは未分析ですので発言は控えます。」
といいますのも、私は、今回のこの問題に関しての意見になりますが・・・(建設の是非の意見ではなく、上記の活動に関する意見になります)
そもそも長野市は第一庁舎と市民会館建設基本計画(案)を三月議会に提案し、その関連予算案が可決されたのです。それを、「建設是非の議論や時期、場所、予算などで市民の合意が得られていないし、市民を無視した。」という安易な理由では、到底ひっくり返すことができないということを、なぜ考えられないのかと考えてしまいます。
挙句の果てには「震災が起きたから・・・」という意見が出される始末。私は震災を道具にしているのはどちらなのかなと思ってしまいます。逆に行政が「震災が起きたから市民税を上げます」なんて発言したら、どうなるのかなとすら思います。
本来であれば、議会で可決=認証・推進になります。二元代表制における鉄則でありますし、民主主義国家における当然の流れになります。
この建て替えの是非問題は、市民の代表である市議会がどういった動きをしてきたか。首長の政策はどういったものなのかを、もっともっと前から見極める必要性があったはずですし、会派を超えて議会に働きかけをしていくべきだったと思います。
予算案が可決されてから、当たり前の意見で反対運動を起こしても、ひっくりかえりません。これは、若者の政治不参加や、高齢者優遇政治にも似ていて、「今は政治なんか関係ない」が、将来自らが政治的行政支援が生活上必要になった時に「政治がいけない。もっと支援しろ」といった構図に似ています。
市民生活に大きな影響が及ぶ大きな問題であるならば、なおさらです。
今、市民の是非を問うための条例をつくるのではなく、首長に対するリコール運動でもない限り、この問題は振り出しにはもどりません。そして、議会も同様です。
こういった問題は、地方ではよく見受けられます。
どうして、こういう動きになってしまうのか・・・。それは、議会力の無さ。すなわち議員力の無さに精通しているといっていいと思います。
絶対的権力のある首長の政策の良し悪しの見極め、また、議員自らによる政策立案力であり、議会改革への取り組みをきちんとしてこなければならないはずが、そうではない。また、そうではない議員を市民が選出しているわけですし、最大会派に所属すればその絶対的権力があるという基本的考えを市民も理解しなければなりません。
私は、今回の活動に関する問題点は、何を最終目標にするのかで変わってくると思っています。私なんかは今回、議会の責任であり、選出した市民であり、首長にもなんらかの運動を起こさなければ、いずれにしても、諸団体様が動かれている目標に達しないと感じてしまいます。
やはり議会がもっとしっかりと自らを鍛え、行政の足腰をしっかりさせることこそ重要だと今回の一連の情勢をみていて改めて感じました。
不都合な情報を隠すような組織体質からの脱皮はもちろん、議会や市民が判断するために必要な情報の徹底的な公開を進めなければ、様々な混乱を招くと言う事です。
これからの地方が自立した政治を行う上で、まちづくりを積極的に進めるためには議会が市民と行政とともに考えていく政治システムが必要です。
それには、議会改革基本条例の強化です。機能を最大限発揮できるための動きをまずしなければならないと感じています。
二元代表制である以上、チェック&バランスを保つためにも、議員の政策立案能力の向上が求められます。それには、会派やしがらみを超えて、市民一人ひとりを大切にできるかどうかの、議員力だと思います。そういった方々を選出しなければなりません。
それは我々市民の責任です。そんな覚悟ある議員が少ないなら議員数を減らす為の運動を起こしていけばいいと思うのです。
何か、議会や行政を遠くさせているかのように報道されますが、遠くしてしまっているんだと思います。
今回の色々な団体の活動は非常に市民力向上には有意義かもしれませんが、その先の目標達成を考えたときに、果たしてどうなのか?という疑問符がついてしまったので、生意気にも自分の意見を述べさせていただきました。
建設の是非に関しての意見はまた次回綴りたいとおもいます。
若狹 清史