被災の裏で様々な諸問題が見過ごされたりしている。
一体感を持って浮足たたずに、進んでいきたいですね。
「問われている・・・」
震災後、一つのチャンスとばかりに、メディアの現地の支援をしようという事で、芸能人と連携を組んで毎日、義援金やオークション、呼びかけなどを報道していることや、政治家もあたかも言葉では被災者を思いやる気持ちを出しているが、それは選挙の布石だと言わんばかりの、芸能人と同じ行動。そして、我々一般人も、被災者を思いやりながらも、何かあったらいけないと、子どもの為にとの理由をつけての買い置きや、地震が起きる土地から離れるという現状。
どれも、本当に問われていることは何か?という事を考えさせられます。
被災地には子どもたちも多くいると聞きます。であれば、芸能人がいくらきれいごとを言っても、お金を集めても、子どもたちには、メンタル面でのフォローになりません。
本当に心配をしているなら、現地に入るべきです。そして、勇気づけるべきです。義援金を募るのは、国外に呼びかけ、国内は、本当に国を挙げて復興させていくのであれば、義援税なるものを時限立法化し、行うべきだと思います。本当に国民全員が心配していると言うのであれば、みんなで助け合うべきです。
テレビでみて知ったのですが、内田裕也さんは、義援金を募りそのお金で現地に出向き、自ら炊き出しを行い、被災者と対話を通して勇気づけたい。と言われていました。この精神が果たして、芸能人やメディア、そして国会議員にあるかどうかです。
毎日、同じ地域からの中継を繰り返し、哀れんだ報道ばかりのメディア。メディアこそ、まだまだ復興が進んでいない地域に入り、実情を伝えるべきです。国会議員もごちゃごちゃ言っているのであれば、自ら現地にはいるべきです。与野党ともに作業着を着て、何をしているんだと思ってしまいます。
長野のある議員さんにも同じことを言いましたが、のらりくらりの言い訳を。「義援金活動をしている。街頭にでて義援金を呼び掛けている」とのこと。
がっかりきました。そんなことはパフォーマンスにしかなりません。
地方議員が義援金を集めるなら、議会で団結して、まず自らの後援会から一定数以上の義援金を募ってくるという統制をとるべきです。街頭に出てやるのは何のパフォーマンス?と思ってしまいます。それは、役人やボランティアがやればいいのです。
そして、一般市民の我々です。
私のところにも、毎日と言っていいほどのチェーンメールや、被災者のことを重んじる連絡が入ります。
ある子育てママの会さんたちに呼ばれ、「被災者の為に何ができるか?できることをしていこう」まではよかったのですが、「自らの子どもに放射能をかけさせちゃいけないから、マスクを、またワカメや海藻類は身体にいいから、買い置きしよう」とかを呼び掛けにかわり、「こんな時だから、外にでてダンスをしよう」とか「被災者には祈りを送ろう」とかで、「あれれ??」と思う事ばかり。「被災はしていないが、子どもが今回の件でストレスを感じているから、守ってあげたい」「若狹さん、何か行政とか補助金、子どもたちの為にないですか?」とか。正直憤りを通り越した感情になりました。被災者の方を本気で考えているのか?と思います。
そこには政治家もおり、一緒に賛同していましたが、私は、一刀両断をしました。そんなところでも票が欲しいのか、また、どこまで真剣に被災者の方を考えているのか、真剣に動けば動くほど考えてしまいます。
また、外国からは日本の称賛の意を述べられていると各局報じていますが、その裏に介入姿勢を出そうとしている現実も伝えるべきです。
政府は国会で時限立法化をした義援税なるものを、国会は超党協力の元法案改正、また国会議員は現地に入り作業補助、地方議員は各後援会からの義援金や物資輸送、並びに被災者疎開の受け入れ態勢の強化。地元旅館やホテルへの協力要請。メディアは、未復興地への介入、また各局節電の協力、放送自粛。芸能人は自らの身体を現地に行くことが支援。我々その他の国民は、政府決定事項に協力、節電、ボランティアだと思います。
私も子どもたちや若者と行動をしていますが、子どもたちにもボランティアの当然性を求めていく機会でもあります。
また現地で必死に復旧作業している方々への感謝も忘れずに、本当に問われていることは何か?を考えることだと思います。
中越沖地震でも現地で感じましたが、被災者の方々が望んでいることは、直接あるモノなのです。お金やエールは後でわかるものです。物資や勇気づけてくれる人が求めているのです。そして、裏で作業するボランティアです。
疎開をして今後の地域構造が変わるかもしれませんが、それでもいいと思います。
本当に私たちができることを考えて動きたいと思います。
若狹 清史