10月が明日から始まります。食欲の秋です。皆さん、思う存分食べて、運動して、健康よく生活していきましょう。

「cellphone」

最近、子どもとの交流があります。それはボランティア活動であったり、夜回りであったり、引きこもりの子どもであったり、不良の子であったり。みんな一生懸命にいきています。いつも私が思うのは、大人が子どもへの、生きる筋道をきちんと教えることの重要さです。また、子どもたちも、それを求めていると思います。

それが少ない、または自由に奔放に、といえばいい言葉ですが、子ども自身に丸投げしている大人が多いなと、感じることもあります。
みんながみんなでは無く、「うちは大丈夫」でもなく、「子ども」にきちんと伝える大人が求められています。

それができずに、またスピード社会のターゲットにされたひとつに、携帯電話やインターネットがあります。
この携帯電話、今の子どもたちはかなりの確立で保持しています。これには、物騒な社会に対する保護的役割も備わっています。と、同時に、学校裏サイト、ネットいじめ、援助交際・・・等など今、まさに学校・家庭現場が抱えている深刻な課題とも、一体しています。

これは、社会風潮や、通信会社の責任もあることはあるでしょう。しかし、電話やメールとして活用するだけが携帯電話ではありません。携帯電話やネットというものは、様々な好奇心と欲望をより実現、もしくは仮想実現するためのツールとの認識を、子どもたちが持っているという自覚を、大人たちが、社会がもっと考える必要があったと思います。

要するに、すでに手遅れなのです。それに気づいた今、政府も、地方も慌てふためき法律や条令ができています。それも、現実にはあまり拘束力がありません。

先日も、講演させていただいた後、子どもたちと会話する中で、「コミュニケーションのとり方は何?」と聞いたら、9割近い人が「携帯電話」が必要といっていました。
調査数が少ないので、一概に正しいとは言えませんし、これから調査をしていきたいと思いますが、この数値には驚きました。

時代が違うとはいえ、携帯電話を持たなければ、仲間はずれや、いじめの対象にすらなるという時代に、大人の対応が遅れていると痛感しています。
しかし、きちんとこの現実を受け止めていき、今後の対策を考える必要があると思います。
利便性や快適さの影に隠れて、私たち大人が見破ってこなかったことが今につながっているように思います。

実際、米国や英国、韓国、豪国では、日本の「携帯電話」と「こども」と「教育」の事情や流れを注目していると言われています。用は、日本は今世界で、実験されているといっても過言ではありません。先端をいくばかりに、そういった流れをキャッチできていないのかもしれません。

今現在、携帯電話を取り上げたところで、歯止めは利きません。
最後は、アナログ的に、地道にこの認識を広げていくしかないと思います。
普及率との差は広がるかも知れませんが、これだけ様々な犯罪を見聞きしているのに「私は大丈夫」と思っている人たちが多いのはやっぱり平和ボケに類するものなのだろうと厳しく、意識していく必要性があります。
その情報を分析できる能力育成も同時に進めながら、社会全体の意識が変わらないとこの問題は解決できません。

社会が、便利を求めています。今一度、見極める「本質」を求めなければいけないと感じます。何でもかんでも利便性を追求する必要があるのか、どこでもかしこも、人が集まり産業がなければいけないのか。
そういった意味でも、ペースダウン、スローダウンすることで解決できることが多々ありそうとも、感じた今回です。

子どもたちに、きちんと意志を伝道できる大人を取り戻すことも、必要ですね。
私もそうありたいと思います。

               若狭 清史