うなぎが高いですね。コンビニでも1500円を超えています。
スーパーでは2000円を超えるのまで。手が届きにくいですね。手が届きにくいならまだしも、届かなくなったレバ刺。。。生卵の食中毒の数はレバ刺しよりも圧倒的に多いのですが・・・。規制ばかりでせつなくなりますね。
「商店街」
識者や行政、地域でよくよく課題になる「商店街の活性化」。
先日、政策セミナーにて議論して感じたことを綴りたいと思います。
私もまちづくり活性の分析調査の専門として、各地を回ってきていますが、商店街の活性化問題はどの地域も往々にあります。今回も自らの調査に基づくデータと持論を話させていただきました。
過去に、伊勢市、高松市、上越市、三浦市、清瀬市等、商店街の活性問題に取り組んだこともありますが、ほとんどの地方都市の「商店街」は寂れきっています。
生まれ育った、篠ノ井をみてもしかりです。
以前、学生を中心にアンケートを実施しましたが、商店街に近づくことすらしない若者が7割を超えているデータもありました。
ほんとに、各地域の商店街を調査して歩いていても、消費者は郊外のショッピングモールやスーパーマーケット、コンビニへ行くことがはっきりしている中で、よく運営されているなと感心してしまう商店街がほとんどです。
昔からの近所づきあいで商売をしている方々がほとんどのようですが、これからの未来を考えたときに、効率的ではありませんし、時代がそれを求めていない現状があります。(もちろんそういった考えを変えていかなくてはなりませんが、現状の問題として)
そして、商店街の議論としてほとんどといっていいほど、議題でふれられたり、住民の認識として出てくる言葉として「伝統」です。「昔からの伝統である商店街をなんとかしなきゃいけない。」ということで、議論が進み、政治家が関与し行政からお金を使う。しかし、一時しか効果がないので、また議論し、政治家が関与し行政からお金を調達。の循環が行われ続けています。長野の善光寺界隈をみてもどうでしょうか?どれだけの予算が過去使われてきたのでしょうか?しかし、問題自体は変わっていません。「なんとか活性化を」です。
限られた予算の中で、政治力だけでお金の使い方を決めている組織の仕組み自体の問題もそうですが、そろそろきちんとした分析をし、感情は一時後回しにして行う施策の必要性の一つに「商店街の活性化」ではないのかなと思います。
そもそも、商店街とは伝統的な存在ではありません。現存する多くの商店街は20世紀以降人為的に創出されたコミュニティの一つです。
商店街は、20世初頭以降続いた農民層の減少と都市化に伴う都市部への人口急増により生じた社会変動によって、必要視されたものでした。
当時、都市に流入してきた人口の多くは雇用層ではなく、「生業」とされる零細自営業になっていったわけです。その中で、資本をそれほど必要としない小売業が多くの方々に機会を提供したのです。
そういった方々、いわゆる零細小売商は、店舗を持たず行商をする人、屋台商、店舗があっても貧相なもので運営しているのがほとんどのようでした。その為、当時の日本社会が、零細規模の商売増大阻止、貧困化の対策として「商店街」という理念の創出で、行われた解決策でもあったのです。
当時の文献や関係者、当事者の方々の声を聞いても、現在とのあり方とはだいぶ違うことがわかります。中には、政争の具に使われていることに嫌気をさしている、商店街出身者の方もいらっしゃいました。
しかるに、商店街とは20世紀初頭の都市化と流動化に対して、「地域コミュニティの一つ」をつくりあげるための施策として、発案されたのです。
ですから課題の前提にある「伝統の商店街の過疎化は由々しき問題」という体で話をしていることが問題なのです。
近代的かつ流動化という現在社会にもにた現象から生まれたものであるわけですから、大きく変われる「コミュニティ」の一つにも「商店街」はあるわけです。ですから、そういった視点で施策を講じていくべきであるのです。
そう位置づけ、歴史をみていくと、商店街構築の前から、百貨店は存在しているわけですから、今、郊外に百貨店ができてきているのではあれば、昔のように、商店街を百貨店付近に再構築していくことも一つなのです。もしくは、既存の商店がとるべき施策は、百貨店級のものを関係者と構築していくことで、自らの商店街を活性させるという視点を持てるかです。
人口の急増に伴い、社会構造を支えるために「商店街」が必要だったことを考えると、現状の地方にはこの国策理念は当てはまらないのです。この時代の変遷の波をきちんとキャッチできるかで今後が変わってきます。
同時に、国の施策の見直しもしていかなくてはなりません。
当日の施策を軸にその後の、 「福祉施策に関係法」、「大店法」「小売商業調整特別措置法」などを進めてきている点を、現状の打破のために改正していく必要も考えられます。このあたりは、次回に綴りたいと思いますが、現場と行政とのギャップを埋めていき、いざ次に進んだ時の為に、政治が対応できていれるようにしなくてはいけません。
どうしても、我々は困ったことがあれば、行政に依存しがちで、行政も「伝統」という言葉に弱い面もありますが、予算に限りがある地方でも、国に頼りすぎるだけでなく、時代背景を忘れることなく、施策の再構築、制度の見直しをしていく必要があると思います。
厳しいことを言えば政治家は当選できないという、住民の質の低さを露呈する地域になるのではなく、政治家は地域を思い、律する人を輩出していかなくてはいけません。
役人もしかりです。
同時に、商店街というコミュニティのいる方々も、現状を理解し、自らが何をしてくべきかを考えることを前提に、活性化施策を講じていかなくてはいけません。その転換ができてきている地域はきちんと成功を収めています。
そんなことを感じ、「商店街」の現状と今後について、今回は綴りました。次回は関係する法の流れなどを綴りたいと思います。
若狹 清史