あと二か月で今年も終わりますね。本当に月日は早いですね。
政治をよくしなければならないと、よくよく政治家の方々は言います。果たしていつよくなるのか・・・国民が選んだ政治家です。国民の質以上の政治家は生まれません。まずは若い世代の投票率向上ですね。

「紳士」

先日、友人のイギリス人と国際交流懇話会に出席させていただいたときに感じたことを今回は綴りたいと思います。

様々な国々の方々、もちろん日本人の方も多く参加されていましたが、各国の方々は和やかにかつ、自国のアピールをしながら、仕事であり政治、宗教にまで介入していこうとしている姿は、競争国、主要国ならではの姿であり、保守で島国の日本人とは対応の仕方が違うなと改めて思いました。

そんな中で、興味深い話を聞きました。「男性はジェントルマンであれ。それが国家の本質の創造になる。」という話です。これは、よく「ジェントルマンな男性がいる国はイギリス」と言われています。そんな影響が良くも悪くも米国であり、日本であり、各国で広まってきていると感じています。
言葉の表現上は、そうなのですが、実際になぜ「ジェントルマンはイギリス」なのかというお話を聞きました。

それは「女性が女性らしいから、男性も男性らしく対応してくれる。だから双方が引き立つ」ということです。

私は、感銘を受けました。今は米国始め日本も、男女平等論ばかりが先行し、あわよくば男女間では女性は弱いという立場を活用し、時には家族間では女性を男性が守らなければいけない。しかし時には、社会的には平等なのだから同じ待遇をといった感じで、同じ定義の中で是正議論をされるときが多いのですが、この言葉は深く納得できるモノでした。

双方が、双方らしい対応をすることで、「ジェントルマンな国、紳士の国家」が成り立つわけです。まさに、これは日本の「大和魂、大和撫子」の精神と似ているのではないかと感じたのです。

こういった哲学的であり道徳的であり現実的でもある、「行動」が国家像を創造すると考えたときに、今の草食系男子になりつつある次世代の日本は危機であると想定でき、肉食系女性が増えることが米国志向になり、東アジア共同体へと視点が動いている現在では、日本の立ち位置すらまで影響を与えかねないのかなと感じもしました。(今回はそれが良い悪いという視点ではありません)

私は、こういった議論はなかなかタブー視されていますが、大いに議論していくべきだと思いました。わがままな態度と紳士な態度が同じではないということも当然の上での議論ですが、「思いやり」のもてる「知識国家」として、日本も英国同様生き延びていくために必要に思います。米国の「行動国家」と対峙する「日本の本質」を確立していくべき時やモノが、こういった所かなのかもしれないと感じた今回でした。

資源の無い日本は、「知識、哲学」で紳士な国家であるべきです。外交の強い英国を見習う事はこれからも多分にあると思いました。
                         若狹 清史