先日、小さいころから知っている農家のおっちゃんと偶然あいました。小学校の頃、うちとよくブドウの出荷の順番を競って、朝早くから出荷場で盛り上がっていたおっちゃんです。農作業はやりようによってはいいスポーツだと言っているくらい、元気でした。御年85歳。頭が下がります。早朝に手伝いにいったら、喜んでくれてました。私の方が若いのに、疲れが・・・。反省。

「自覚」

先日、内閣府が憲法改正の手続きを定めた国民投票法の施行に伴い、成人年齢の引き下げ(参政権も含)の検討をしている中で、喫煙、飲酒の年齢制限に関する世論調査結果を公表していました。

結果は、年齢引き下げに否定的な意見が、飲酒、喫煙共に8割近い結果となり、内閣府はこの調査を、成人年齢引き下げ(18歳)と同様に飲酒、喫煙も制限を下げるのかの検討材料としては非常に役になったということでした。

内閣府関係者に聞いたところ、「いい判断材料だ」との見解。

私は、今回の成人年齢引き下げと同様に、喫煙、飲酒の引き下げの問題は、別として考えた方がいいのかなと思います。飲酒喫煙は自己責任の観点も大いに出てきます。そもそも、成人年齢引き下げの国民投票法の周知や議論の方が先なのではとも。

喫煙や飲酒が健康面から18歳以上から大丈夫だということであれば、そうすればいいことですし、従来通りがいいということではそうすればいい。社会的成熟年齢から18歳以上からというのであれば、その論議を明確にすればいいと思いますが、国民投票法の施行に伴い、一つの判断材料だと、今回の内閣府の調査で判断したのが疑問です。

未成年から働き社会に貢献しているのであれば、飲む機会も多くなるだろうし、社会人としての責務の中での自己責任の部分も大きな問題でありますから、そういった面での成人年齢引き下げとの共有面は存在すると思いますが。

今回の議論の時にはやはり、
(1) 従来なぜ年齢制限をされてきたのか?
(2) (1)を議論し、今回の改正と同時に、飲酒喫煙も年齢制限改正するのか?
(3) 上記を議論したうえでの参政権との兼ね合い
が必要になるのかなと思います。

参政権に関しては、昨年、とある大学での講演で、大学4年生の女子学生が私に、「参政権は25歳からにしてほしい。下げようという議論が大部分をしめているが、それはおかしい。
私たちは、自立することなく社会に守られ、甘やかされて育ってき、かつ平和な日本で暮らしています。そんな私たちが高校を卒業し、大学に進学して、毎日適当に勉強に、バイトに励み、友達関係を大切にしか生きていない中で、20歳から選挙権をもらっても、政治に興味なんかないし、そう教わってきてもいない。なので、投票にもいかない。そんな私たちが、大学を卒業して社会人になったとしても、会社の仕事の内容や、人間関係を構築することで2~3年は社会を自分の判断で分析することなんて、到底できないと予想できます。そんな中で、軽はずみな一票も、責任も負いたくない。
そう考えていけば、25歳からでも十分のはずです。参考にしてください。」

という意見もありました。この話を聞いたときは、むしろこの女性は見事に自分自身のことを理解しているなという感じもしましたので、18歳でもいいのではとも(苦笑)

飲酒喫煙もそうですが、それ以上に、こういった参政権に関する意見などは、大いに議論を進めていくべきだと思います。それは、大人社会だけでなく該当世代にもです。

何でもかんでも、大人が若者社会を守るような(しかも、自分たちの感覚で)ことをするのではなく、子供や若者たちにきちんと自立をしてもらうためにも、自覚と責任を問うべきです。

最後は、大人の教育と、本人の自覚に他なりません。
しっかり、大人として自覚と責任がもてるようになれば、それでいいのです。

そんなことを今回の話題から、感じました。
短め内容ですみません。

若狹 清史