駐車場の側に野良猫が何匹かいます。彼らは近くの居酒屋からおこぼれをもらって生活しています。毎年この寒い冬の時期にくると駐車場の車の下で寒さを逃れています。先日は子猫が登場し、震えながらも大人の猫と同等に生きていました。必死に生きる姿と人間のエゴに色々考えさせられました。
「スタッフ」
オバマ政治の誕生から、数週間が経ちますが、米国では盛り上がりがまだまだ続きそうです。それは、人事であり黒人への施策対応であり、外交であり、内需施策であり、多岐にわたります。
いずれにしても、オバマ大統領と日本がどうかかわるかの見極めも大切ですね。
私は、米国の関係者とも意見を交わす中で、政治家の生き方・あり方で、対応が分かれてくるのであろうと感じています。
ひとつに、演説力の差です。
オバマ大統領は、国民との対話を軸に、フレーズを作り上げ、絶叫をすることで、国民目線の政治家として認知されてきたと考えられます。
小泉元首相もそれに近かったと認識しています。
これは、一つ一つの施策に対してすごく活きてくることだと思います。どんなに素晴らしい施策でも、上記の演説が可能でなければメディアも混じって右往左往できる状況になってしまいます。もちろん、その逆も言えるでしょう。
国民が、次世代の政治家に求めるのは、日本も米国も「対話」を軸にした「演説」をすることで、言葉の力が生まれ、大きな施策実行につながるのではないかと私は考えます。
妬みを繰り返し、演説を苦手とする政治家ではなく、変わらなければならないのは、その部分の気がします。
そして、もうひとつに制度の差でもあります。
それは、オバマ大統領の就任演説をみて感じたのですが、今までの米国の歴史、米国民の価値観、そして、自身の生い立ちなどを20分間くらい堂々と演説しきったことです。
あの、原稿を書いたのは27歳のオバマ事務所専属スピーチライターです。
米国では議員定数が地方も含め、非常に少ないのです。少ない議員でありますが、各事務所がスタッフや秘書を必要なだけ持て運営しています。
よく、日本でも議員が多すぎるといわれていますが、その議員のスタッフが少なすぎるのです。
この施策に何名の政策秘書が必要で、原稿作成に何名のスピーチライターが必要で、この地域には請願陳情を伺い解決するスタッフが何名必要で、ということを議員選出後に経費として提出します。ですので、各地域事務所によってまったく異なります。
その代わり、議員が変わればスタッフも一掃されます。ホワイトハウスもまさにそうですよね。
日本は、官僚・役人がかなりの部分で補填し、議員と綿密な関係になっています。
この部分の制度の差というものが、国民の政治に対する興味の差でもあると思います。
「だって・でも」の感覚から、まさに、チェンジする覚悟があるかないかですね。
それにしても、プロンプターを利用していたにしろ、素晴らしい内容であり、演説でした。
若狭 清史