先週は、関東関西と滞在しておりましたが、その中で和歌山に行った時に、大西久計さんと二人船にのり釣りをする時間があったのですが、そこで鯛を釣ることが出来、とても感動しました。癒しにもなり、大変有意義な時間を過ごしました。みなさんも、そのような時間を作って、癒されてください。
「情熱」
我々人間は、情熱というとてもすばらしいアイテムがあります。
このアイテムを強く構築することがどの分野においてもとても大切なものになると思っています。
ふとすると、私もそうですが、気持ちを強く持ち続けることを維持してしまうことがあります。それは、発想やユニークさ行動にマンネリさを出しかねないのです。常に情熱を構築することがいかに大変かですが、ここの部分が今後の日本にも左右することだと思うのです。
よく、受験勉強やテスト勉強しなければならなく、やろうと思うのだけれど、次の日、「勉強した?」と仲間に聞き「寝っちゃった。なんにもしてない」と聴けば、安心してしまいます。仕事でもそうです。「景気いいですか?」ときけば、「いやいや全くですよ」といわれれば、安心。同じ道を目指すときは本音は誰も言わない傾向にありますよね。かといって、本音を言わないのでどこまでやれるのか、どうしたらいいのかわからず仕舞いを維持してしまいます。
また、車で赤信号だけれど、隣の車が見切り発車しそうになったら、自分も少し出てしまったり、横断歩道で、隣の人が渡ろうとして、一緒に歩きだしてしまったり。と、隣の人とあわせようとしてしまうことを、維持してしまいます。
そうはいいましても、儲かる話があると、皆でとびつくので、その商品には付加価値がなくなり、儲かりません。みんながやるからやってみる。でも、勝ちたい。という感覚も存在しています。
これでは、発想の維持・情熱のマンネリ化になってしまいます。
やはり、私は、最後は「人としての情熱」なのかなと感じているのです。
どの分野も、社会も、国も。
人は、何を考え、どう動き、何を目指しているのか、に最後はつきます。
つねに、情熱を構築していくことがこれから求められてくると感じます。
教育問題にしても、「学力低下・不登校問題を解決しなければならないが、気力が低下していることが問題」であると思いますし、「やる気・気力を起こさせることが教育」ということが、教育問題解決への何よりの近道だとも思います。環境問題にしても、取り組まなければいけないが、他の国もやってから、やってみるという、横合わせ(維持)することではなく、知識を腐らせるのではなく、動いていく、「気持ち」が大切になると思います。
競争相手に負けたのではなく、自分自身に負けたと思い、熱い「情熱」の構築がこれから、より求められてきてもいいのではないかと思いました。
人の情熱は、その人次第ですから、コストはかかりません。今からでも創(はじ)めてみませんか。私もそうします。
そんなことを感じた今回でした。
若狭 清史