各地の問題課題を聞いていて、やる気があるのに形に結びつかないということが起こってはならないと思います。
政治の役割を感じながら、声を聞き歩きたいと思います。
「感覚衰弱」
日本人として政治ときちんと向き合っていかなければならないと思う事柄が最近多いと思うことがあります。
例えば、以前今ブログでも書かせていただきましたが、「トヨタ」の問題です。米国ABCテレビで情報操作をしたととれる内容です。トヨタ車が急加速する実験を放映した映像です。エンジンの回転数が急上昇すると設定していた場面で、テレビ局は意図的と言われても仕方がない「停止状態」で撮影したのだと言います。
こんな報道が行われていること自体、まともではありません。メディアリテラシーが発達している米国とはいえ、ABCテレビが放送する内容ではありません。
動いていない車でアクセルを吹かし、回転計が急上昇するシーンを撮影したと言うのだから、情報操作も程がいいです。問題の大きさも理解していての行動とは思えません。モラルの低下した国と言わんとばかりです。
公聴会でも、米国のいい面でもあり悪い面でもある、涙の証言。女性の言動からして公聴会でも事前に芝居打ち合わせをしていたとでも言わんばかりの感覚を覚えました。日本のトヨタが世界一位の車産業国に成り上がった妬みなのでしょうか。
しかし、これはトヨタにも問題点はあることはあります。米国という国をきちんと熟知して対策を行ってこなかった点では、マイナスだと思います。
と、私は感じていますが、もっともっと考えていかなければならないのは、歴史です。米国人の感覚は、「日本という国は米国が日本を守ってやっている国であり、日米安保に単におんぶにだっこしている国」と捉えている人も多いと思います。
今回のトヨタ問題も、日本政府が長年引き伸ばしてきたNLP問題の解決や普天間基地移設反対運動も関連していることは推測できます。
政府はほぼ黙認状態で、日本のトップ企業がなめられている状況で、そのトヨタだけが民間企業代表が孤軍奮闘している状況です。
私はなぜ今も昔も日本政府は命がけで守ろうとしないのかわかりません。
確かに日本は日米安保に甘えていたことは静観視すればいえると思います。日米安保をいいことに経済にだけ力を注ぎ、経済大国へとのし上がりました。しかし、日本人としての「心」を見失い、教育、道徳の衰弱が米国従属へとしらずになっていったと感じています。
私は米国に滞在したときに、日本人としての「心」を強くすることができました。
しかし、今日本にいる人たちは真剣にどこまでそう感じている人がいるのだろうか。テレビでも記事でも会合でもよく聞かれる「アメリカは日本を本当に守ってくれるのか?」という議論。
何とも言えないひと言です。自分の国を自分で守っていない国が言う話ではありません。という事が正論だという認識がないのが、おかしいと思わなければいけません。
その中で、「平和」や「平等」にするためにどういったことをしていかなければならないのかという事です。それがゆくゆくの日米摩擦を減らし同盟関係を正常にするものになると思います。
これからを担う、若者に期待するために一石を日本人としてしなければなりません。
だれかのせい、だれかがやってくれる。行政がカネを出してと言っている今日の感覚を、自らが立ち上がる感覚にしていかなければなりません。まさに自立・自律です。
そんなことを危惧し政治ときちんと向き合っていかなければならないと思った今回でした。
若狹 清史