先日、一学年児童数5~8名という学校にいってきました。みんなクモやカエルなどと会話をしたり、共存している姿をみて、中途半端に都心化してきた現代社会の中に何かを感じさせてくれました。
「not no」
震災以降、様々な勉強会などが各地で開かれています。
各々の利権にそって、何ができるか?ではなく何が自分たちの利益に結び付くか?を中心にです。民間は当然の発想と言われてしまえば、議論の幅が少なくなりますが、行政や政治はそうではないはずです。
連日の「原子力」をどうしていくかの報道や会議などでそれはひしひし感じます。
私は、実際に今後の展望の枠の中にエネルギーをシフトしていく制度を作るべきだと考えています。しかし、現状は太陽電池や燃料電池という案がでれば、電線に権利をもっている経産省が「No」といい、マイクロ水力発電に転換をといえば、農林水産庁が「No」という環境があります。
なんでもかんでも「ダメ」というのがありきで原子力の問題を議論しているのをみていて、私は、次の転機に進める機会を活用していない現状にがっかりしています。
まさに政府の、そして700人もいる国会議員の手腕の見せどころのはずが、自らの利権、政党の利権、選挙の為に、国家の誇りを見失ってきている政策が多いと感じてしまいます。
電力会社優遇による政治はそろそろ転換期だというべき時期なのです。
「地デジ」一つとっても、こんな状況でもまだ推し進めること自体、国策として白物家電の推進法案が通る裏に大きな利権構造がみてとれます。
例えば、太陽電池の分野は40年前は日本は圧倒的世界トップを走っていたはず。それが、関係者に大きな利権に結ばないとみるや、国策にしなかったせいで、ドイツ、中国などにあっさり抜かれて行った現実を見つめなおすべきです。まさに、今電力会社だけでなく、こういった実績ある分野を活用して、国策化すればあらゆるカバーはできるはずです。
時代は流れているのです。文化や産業も同じだということは歴史が物語っています。電気だって農業だって変わらなければいけません。それなのに、東電という箱や農業関連組織をまもろうとするのは、歴代の役人、政治家の温床であり、国民一人ひとりの責任でもあるのです。
私は、こういったことに立ち向かい議論し転換をはかるリーダーシップを政治家が取るべきだと思うのです。
以前も綴りましたが、所得より雇用を求める政策をつくるべきなのです。
現地の人たちを勇気づける仕事をするべきなのです。
太陽光パネルを各建物につける政策を打ち出し、雇用を東北でうんでいき太陽光発電の産業を東北で生んでいけば、民間企業も転換してくるはずなのです。
また、津波で塩水につかってしまった田畑2万ヘクタールにたいし、塩を抜く作業する予算を補正予算で700億も今回成立しました。補正ですから今後はもっと莫大に100%国出資のもと進められていきます。
私は、まさにここから転換を図るべきだと思うのです。
現在、被災地にも休耕田や荒廃農地、未開拓地など沢山あるということは自治体は認識しています。自分の土地で農業をしたいという気持ちもわかりますが、農家の方も高齢化になってきている昨今、休耕田や荒廃農地に現状以上の田畑を提供し、そこで農業や新産業を展開してもらった方が、いいと思うのです。
だいたいた塩水した畑の塩を抜いて農業をしても、特産物としての「ブランド力」に対する評価はあがりません。ですから、今の塩水田地を筑波大学の渡邊教授達が研究しているオーランチオキトリウムという藻などをつかって、石油を生成する研究地にしていくなり、用途を変換していくべきです。そうすれば、その地で石油が生成されれば、東北地方での新たな産業にもなるし、地域の生活に大きく役立つことは想像できます。試算によれば2万ヘクタールもあれば、日本の石油消費量の1年分はでるといいますし、リッター50円前後でいけるというのですから、大きな機会なのです。
こういった転換をしていく機会を見逃してはいけません。震災直後の今は各分野の利権の温床になっていて、対処が過去の経験を踏まえた前提でしか出せていないから、転換ができないという悪循環のように見えます。
世界に目を向けても、原発推進大国のフランスですら今回の件を機に、再生可能エネルギーを25%前後までに10年かけて持っていくと推奨したり、ドイツも電力の80%を再生可能エネルギーにすると転換発表しました。英国も風力発電、米国は大統領選挙の結果次第で原子力政策に陰りがみえる展開になってきています。
原子力一本ありきの政策議論だけではなく、再生可能エネルギーの導入を念頭に、電力供給政策につとめていくべきだと提唱したいと思います。
ものづくり国日本というなれば、今こそ新たな産業転換期だと思います。
なんでも、「No」で、既存利権、既得権益だけを守ろうとしていると、結果として国家公民の衰弱を意味することだと強く認識しなければいけないと思います。
まさに、「must」、強いリーダーシップの登場が求められています。
そんなことを、今回感じました。
若狹 清史