一年の早さを痛感いたします。本年も皆様には大変お世話になりました。来年もどうぞよろしくお願いいたします。ねずみ年から来年は牛年です。大きく着実に進みたいですね。
みなさん、よいお年をお迎えください。
「道徳」
本年も様々な出来事や、問題がありました。
いつもその根底を追及していくと、教育のあり方に突き当たるときがあります。
先日もそんな会議があり、様々な議論がなされました。
私は、その中で道徳教育の意義をきちんとした形で伝えていくことが必要であると感じました。
日本独自の道徳教育を問題視される方もいますが、世界の中の日本という枠で見ていきますと、世界各国道徳教育は行いをみせ、成果をあげています。
日米の道徳教育の基本は自己規律を目指し実現を自己能力でするものであります。
その中で、米国は「①自己規律②服従③従順④自己抑制⑤正直⑥尊重⑦忠誠⑧国に尽くす⑨競争」などの、自己を規制し他に尽くし、切磋琢磨をするという徳目を国家教育として強調してきたと認識しています。
では、日本はどうでしょうか。 「①自主性②個性の尊重」などを徳目として強調してきたと思います。
この二カ国の比較では、米国は、人間がもっとも大切にするべきことは、「徳」であり、合理的な教育であるとまとめられると思います。
日本の場合は、道徳教育は、人間の生きるべき道や、行動原理といった「筋道」を重視し、詳細なことは個人の自主行動にまかせるという、徳治主義的であるとまとめられます。
どちらが、いい悪いではなく、道徳教育のあり方は取り入れ方をきちんとした議論をするべきではないであろうかと、まずは思います。
そして、今後の道徳教育の在り方として、日ごろの活動を通じて、感じることや、調査する中でやはり、「①基本的な善悪観の教授②人として必要な細かい徳目の教授③理屈や説教型中心菜指導ではなく、ことわざ、説話、偉人伝、詩、小説、地域各世代の経験談などを有機的に活用④伝統的な誇りある文化を継続的に教授⑤教師また、それに順ずる人は自信と一志で、道徳的な徳目を教え込み、正しい規範意識の育成⑥地域民は、児童生徒未成年に人倫の道を踏み外さないように指導する責務がある」
が、必要になると思います。
先日も会合で提案させていただきましたが、賛否はわかれます。組合や地域、識者では見方や歴史観が違います。しかし、道徳教育をやらないわけにはいきません。
そう思います。
私も、若者と話す中で、生き方の主体性を最大限尊重してあげ、相談役になることがどれだけ勇気を与えるのかなと思います。
時代の変化の中で規範意識の低下が叫ばれていますが、各分野がそれをあおりすぎているということも、理解しながら、教育に接していかなくてはならないと思います。
日本の伝統的な文化を守っていくためにも教育現場や地域が一体となって道徳教育について、学ばなければならないと想います。
現場の先生方が道徳をいかに必要かという意識調査をしなければならないという現実が私には疑問が残りますが、道徳教育の必要性を国家教育として必要性があるのではないかと思います。
教育の度合いは議論をすればいいのであって、子どもたちや若者の自律性をきちんと見届けなければいけません。家庭と学校と地域の動きが必要です。
そんなことを考えながら、本年最後のブログとさせていただきます。
本年もありがとうございました。
若狭 清史