ブレない心をもてるか持てないかで、長い人生生き方が変わってくると感じます。たった1度のぶれが180度に変わることがあります。誹謗中傷の政争をし合う政治は意味をなさないと信じ、時代の流れを感じ、掴んでいきたいと思います。

「統合選択」

昨年から放課後子どもプランのアドバイザーという立場で、市内の小学校を訪問しています。元気いっぱいの子どもたちをみて色々勇気づけられることが多々あります。そんな中で、環境が恵まれていない子、また障害をもっている子もいます。そんな彼らと周囲の児童も一緒になって戯れているところとそうでないところもあります。私はそういった姿をみて色々感じることがあります。

それは、施設の子や障害をもっている子と他の子たちとが、決して壁を創ることなく、自然に接し、学校生活を送る上で必要な助けも、先生や親から言われてやるのではなく、自ら気づいたことをさりげなくやっていくことで、彼らの同じ空間での生活環境が成り立っているところが多いという事です。

実際、多くの親御さん地区内小学校に入学させたいがなかなか難しいと考えていらっしゃいますので、実際の現場をみて、一緒になって子どもたちは生きているということをみると、私と同じ思いになられると感じます。

親御さんや地域の方々は「ここで生まれ育ったので、近くにある小学校に通わせたいが、なかなか難しいのも現実」と言われていた方もいました。
私はこの当たり前と言えば、実に当たり前のことができていない状況が現在の、地域福祉や教育環境なのかなと痛感しています。

障害児は盲・聾・養護学校で教育を受け、保護者のない児童、虐待されている児童、その他養護を要する児童は、児童養護施設で共同生活を余儀なくされ、学校でも他の児童と見えない環境が存在しているようです。
私は現在のこの基本的な考え方を見直していくことはできないのだろうかと考えます。選択制ができる環境です。

障害のある方の環境で、本人、あるいは家族が普通学級への入学を選択希望されたのであれば、例えどんなに障害が重くても、例外なく、専任教員もしくは、補助教員を付けて入学させるべきではないかと考えます。

また、従来通りの盲・聾・養護学校に入学希望の方はそちらを選択すればいいと思います。実際に、現在の盲・聾・養護学校では、少人数学級で、障害児教育の専門家である先生が、障害状況に合わせて、必要な教育が丁寧に受けられます。

私は、この選択制を持たせられるだけでも、本人たちや家族の目標や視野がだいぶ広くなるのではないかと思います。実際に、学校教育を卒業すれば、実社会の中で生きていかなくてはいけません。
その時にどのように健常者と付き合えるかが、経験しているのとそうでないのでは違いがでると思うからです。

当人の方々にとっても、自らが選択した道でどう暮らすかはそれぞれの感覚でかわると思います。自らが暮らす地域に共に学んだ仲間がいないことを、残念と考える人もいるでしょうし、自らが盲・聾・養護学校で学んだことで、勉学に励めたり、後輩への環境整備への勉強もできるでしょう。

また、児童施設にいる子どもたちには、施設の学級制度の選択制などです。1歳から18歳未満(場合には20歳)までの子どもたちを同じ施設で共同生活をしている現在の生活を選択するのか、1歳から6歳、7歳から12歳、13歳から15歳、16歳から18歳と施設を学級単位で分ける施設を選択出来たりするという選択制の導入です。

同じ施設で生活をし続けることで、各年代との付き合い方や、思いやりなどの社会勉強を早くできるということなのか、その都度自らをリフレッシュしてリスタートして他の仲間と同じ環境を作ることを選択させてあげるのか。などで、同じく視野が変わると思います。

私は、こういった基本的な見つめなおしの必要性を強く感じています。
ごく当たり前の環境にいる健常児や子どもたちにとっても、そういった姿をすぐそばで目の当たりにし、学ぶことで、実社会にでたときに大きな意義も期待できるのではないでしょうか。

また、昨今非常に多い、いじめ問題や自殺問題、ドラッグ問題などにも、こういった選択制を設けることで共に生活する環境が生まれれば、「生きる」とはどういうことかの、重みを感じ取れると信じれます。

まずは、上記該当者でない親御さん、地域にどれだけ理解を求められるかだと思います。私の考えが実践されれば、確かにお金はかかります。しかし、自分さえよければいいという利己的な子供や親、生きることに意味を見出せずに命を絶つ子供が増えている今だからこそ、意義のある感覚だと信じています。

予算の配分の重点の置き方で変わることです。こんな「統合教育」がどこまで、普及できるかが、これからの明るい日本になる一助だと思います。

そんなことを考え、推し進めていかなくてはと感じた今回でした。
                             若狹 清史