先日久しぶりに温泉に浸かる機会がありました。同志と裸で今後を話し合いながらの長風呂は非常に有意義であり、癒されもしました。こういった環境に感謝しながら、日々活動していきたいと思います。

「豊かさ」

地域各地を歩いてみてみると、どこも「不景気」の一言。マイナスなイメージがどうしてもぬぐえない方が多いのです。
私はよく、「どうなれば景気がいいと判断されますか?」と尋ねます。ほとんどの方が、あいまいな表現で終わります。

豊かさとは何か?を日々考えさせられます。

資本主義、競争主義の米国主導政治に追従してきた昨今、なかなかその呪縛から抜け出せずにいます。どの地方にいっても、議員さんは「景気回復、経済発展」と叫びます。
しかし、根源的な問いかけはしません。自らの選出区の現状から、どう「景気回復」をしていくのか、地域科学的な根拠は全くないことが多く見受けられます。こういった「依存型搾取構図」の打破をどうしていくかを私は解いていきたいと思います。

こういった構図の限界から、新しい施策発案のスタートとして、世界はヨーロッパを中心に地方の再生をテーマに議論が進んでいます。
物事を根源的に問い、自らの地にある「モノ」をもう一度見つめなおす自然環境の再生と、マネをすることなく、また拡充することのない地域文化の再生を基軸とする施策です。言わば、資本、市場主義とは逆方向に視点をもった地域社会再生の構図となっています。

まさに、日本の地方も本来あるモノの独自性を生んでいかなくてはなりません。
大量生産、大量消費によって、地方がもっている自然を貪る文化の創出からの脱却をしていくには、情報・知識社会の建設に力をいれるべきだと思います。
中途半端な施策の実行は中途半端な結果しか生みません。

合併をするなれば、政令市にならなければ意味がないくらいの覚悟。その覚悟がなければ、独自性を生んだ、自然と人間を結び付ける本来ある欲求のための情報・知識社会の建設に矛先をむけていくべきだと考えます。

各地方の議会を傍聴しにいっても、傍聴席に若者の姿はありません。また、その若者の未来をつくる場でもある議会の中にも若者の姿もありません。
既得権益を生む為だけの政治からの打破をしなくてはならないのに、若者はいません。

私も、各地で若い方々と活動を模索しています。
経済的な豊かさが本来の豊かさなのか、人間本来が持っている「輪」の部分をもう一度戻すことが豊かさなのか。双方をバランスよくするために何をどうしていったらいいのかを、若い世代が共に手を取り合い考えぬき、行動していきたいと考えています。

そんなことを感じている今回でした。

                         若狹 清史