とある若手国会議員さんから「ツイッターやった方がいいよ」と言われました。何故か聞いたのですが「流行だよ」とのこと。しかし、流行だから・・・。とは。色々考えると先に進まないので、私は必要だと思えばやりたいと思います。みなさんはどうですか?

「お任せ」

まちづくりの調査研究などを続けていますが、先日、被災地のまちづくりに関しての相談がありました。内容はまたにしますが、今回はまちづくりに関して思うことを綴ってみたいと思います。

現在、被災地は行政主導でハード面を中心に復興が行われているそうです。住民との意識のすりあわせなどは皆無といってもいいみたいです。
私は本来、一度「無」になり、そこから「有」を形成しなければならないまちづくりの本来の姿は、各集落ごとの計画を「区別化」して作っていくことが、新しい自治につながると思うのです。

現在のような「すべての地区にすべてのサービス」を提供している結果、現在の負が拡大したのは明白なのですから、各地域集落ごとの新しい計画をすることで、それが打開できると思います。
そもそも、地形も違えば被害のあり方も違うのです。専門家がどっしりと現地に入り、地元の人と協議をしたうえで、施策を決定しく必要性があると思います。

しかし、現在は、県が大枠に施策を一律決定し、各自治体が専門家を2~3回だけ現地に赴かせ、そこからまちづくり案として議論が進んでいくということになっています。
果たして、これでまちづくりが成功するのでしょうか?
こういった例は東北だけに限らず、全国的にもみられるパターンです。

こういったようなやり方をして、住民もお上から言われた施策を実行しても、必ず悲惨な結果が待ち構えていることは明白です。
専門家、行政、住民が、新しいまちづくりのために、汗をかき参加するからこそ、愛着も生まれ責任感も生まれるのです。

我々日本人は、お任せ主義になりつつあります。このままいけば、いくらまちづくりにお金をかけても、故郷への帰属意識は希薄化し、都市へより人口集中していきます。その結果、投資したまちづくり地は過疎化してしまいます。まさに無駄です。
統治意識しかない行政と、お任せ主義の我々もここは考え直さなければなりません。

海外をみると、私がいた米国では、まちづくりは市民が提案していきます。議員であり、行政に。もちろん具体的なものです。
こういった姿勢の裏には、自治体の必要性を理解しているからです。
米国は基本的に、自治体自体も市民がつくります。住民投票を行い、自治体が必要となれば自治体が形成されます。
逆を言えば、住民が自治体不要と考える地域には自治体はありません。
そういったエリアはカウンティ―(群)で把握をしサービスを提供します。

文化も違いますから日本に当てはめる気はありませんが、国民が自治体とは何か、行政とは何か、生活するとは何か、まちづくりとは何かを、みんな諸外国は真剣に考えているということです。

日本のようなお任せ主義ではありません。
まちづくりをするうえで、住民参加型を取り入れ、専門家がどっしり構え、それを行政がバックアップをするという視点から、地域のまちづくりは成功するのかもしれません。

住民はよくわからい。だから地元議員さんや首長にお願いします。議員や首長は選挙があるのでよりよいサービスを行政に求め、自らの実績に結び付けたい。しかし、その結果失敗や負債が広がれば、みんな誰かのせいにして、うやむやにしてしまう。
こんな繰り返しのまちづくりでは、先がありません。

まちづくり・・・愛着を生むための下地づくりだとおもいます。

そんなことを感じた今回でした。

震災から一年。
さらなる復興復旧が進み、新しいまちになるようお祈りし、私もできること続けていきたいと思います。

                        若狹 清史