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「トラウマ」
放射能問題が依然、大きな話題として各所で物議を起こしていますが、今回は昨今の報道や「放射能=悪」としか言えない方々への私の意見をつづってみたいと思います。
先般、南相馬市にて東大医科研の先生による診療が行われました。先生曰く「現時点では慢性被ばくによる大きな実被害の報告は、ほとんどない」ということでした。
続けて先生は、世間の憶測だけの「放射能=悪、危険」という認識や、報道などによる社会的な影響がむしろ、身体に影響を及ぼすということを指摘しています。
これは私も当初から指摘してきているのですが、こういったケースで被害というのは、憶測による「トラウマ」です。一番は子供です。というか、子供をもっている親御さんという表現が妥当かもしれません。
私も、「これでもか」というくらい、子育てママさんの方からの意見を聞き歩きましたが、ほとんどの方が、上記の指摘に当てはまります。
大人の“放射能トラウマ”による子供への“2次的放射能トラウマ”につながっている現状があります。専門家の方々も風評被害の影響がほとんどで、原因不明のうつ状態になったり、虐待問題なども、行政などに多々相談があるということを分析されていました。
子供を外で遊ばせる親も少なくなっていますので、むしろ不健康と指摘する人もいます。
これらは、被災地だけの話ではなく、都内はもとより、長野県でも私は多くの声を聴きます。
しかし、こういう現象は予測できたレベルではあります。
身体に影響がある「かもしれない」という懸念で騒ぐというのは、過去の歴史をみても物語っています。真似をしないような対策をとってこなかったことが、問題です。
被災地でも健康被害がおこる「かもしれない」エリアは、避難区域の中でも一部でありますが、放射能トラウマがここまで蔓延してくれば、どうにもなりません。
何でもかんでも面白がって報道したり、売れればいいという概念で情報を提供したり、デマすらネットで流したり、こういったことを続けて過去の混乱の状況を再燃焼させることをしていることが問題です。
メディアリテラシー教育をうけていない日本人にこういった「トラウマ」を植え付けている媒体は、いい加減、復興に向けて真の協力をしていくべきだと思います。
学説的なものでは、様々な立場の中で各識者が議論していますが、低線量被ばくの危険性がはっきりしないという現状がある中で、煽るようなセミナーや討論会は避けるべきです。
放射性物質が人体にどれだけ長期的影響があるのか、「これ以上が危険」、「これ以下は安全」については、政府も二転三転しているように、不確実な点が多いのです。
理由として、私も国内外の識者の見解をききましたが、被ばく線量と発がん率の上昇には直線的な関係があるのかすら、何もわかっていないそうです。むしろ、そのレベルの影響しか、直接的に被爆しない限り影響は少ないということは言えるということでもありました。そのレベルではっきりしないということだそうです。
報道などでは、「危険という状況が確約できないので安全」という派と、「その根拠がないのだから危険」という派の議論ばかりが目立ちますが、(もちろん後者に人の賛同はあつまります)私はこの二分見解にも限界を感じています。
私は国内外の識者の方にもきいた感じですと、「直接被爆しない限り、他は放射能影響がないことはないが、正直小さすぎて判別に時間がかかるレベルであり、その小さすぎるというレベルの危険性がどの程度なのかが、はっきりしないだけ。」という見解を持ちました。今回診療した東大医科研の先生の報告書にも類似した内容もありました。
しかし、メディア戦略の二つの「派閥」にわけられ、それに基づいて識者も議論をして、国民を煽るということをしている、メディアこそが“放射能トラウマ”を広めてきた張本人であるということをまず見つめなおすべきだと思います。当初は政府批判、途中から東電批判ばかりしかしませんが、本当の国家国民の未来を考えるだけの見識があるならば、復興にむけて煽ることをやめるべきだと思います。
また、メディアと同時に識者や反対運動をしている人たちにも、責任は大いにあると指摘したいと思います。
オールドレフトの要にただ集まり、反対をしているという行為自体に満足感を見出している活動団体が依然見受けられますが、そういった方も含め、「安全という根拠がないので危険だから、断固抗議」みたいな立場をとって“放射能トラウマ”拡充を今なお続けている人たちが、深刻な課題になります。
私もいろいろ調査してきましたが、放射能はリスクと同時に、それ以上の評価も得ています。チェルノブイリでもそうでしたらが、放射能のリスクばかりを大きく報じ論じた結果、評価を見つけることに時間がかかりました。私はそういった教訓から学ぶべきことはたくさんあると思うのです。
私は昭和55年生まれですが、その当時ではよく核実験が行われていました。その時の降り注いだ放射性物質と今回の福島の危険区域とのそれを比較するべきです。
また、その当時の子供であった我々は果たしてどれだけ人体影響をうけているのでしょうか・・・。
これは、仮設住宅の問題にも言えることです。被災地は寒い、行政の対応が悪いと報道していますが、実際に私が声を聴き歩けば、「もともと住んでいた家はオンボロだし、寒くて寒くてそれが当たり前だったけど、仮設住宅は暖かい。ただ、記者に寒いかときかれれば寒いというのは当たり前」という現実もあるのです。
メディアや活動団体、識者が煽ることで、その他の国民は我が身のように勝手に判断し、「トラウマを助長」しているということに気付くべきです。
ぼっちゃんで育ってきた国会議員、「平和」という言葉を使い被災者の声を聴いて助けてあげよう、と自立力を育てることをしらない政党、原発反対だけを訴え、被災地から避難しようと煽り続ける団体、ただただ集まることに意義を見出している団体。原発と津波と区別すらできない議員集団、そして「絆」という言葉を使いここぞとばかりにと、商売や地位向上を考えている被災地以外の人たちなどなど。
私は、この国、そして被災地を考えるならば上記のような方は良識にかけるのではと、思ってしまいます。プロパガンダでいろいろ活動するのも、視聴者の目を引くための報道をするのも、自由ですが、日本の将来を考えるための議論をし、一緒に活動してもらいたいと常に思います。
そして、内政ばかりお互いが批判ばかりしていることをしている裏で、世界はどんどん進行していて、気付いた時に日本が外交から取り残されていたということのないようにしなければならないと常日頃考え、私も活動してきたいと思います。
我々国民はそういった目で、今回の問題も見ていかなないなと感じつづりました。
若狭 清史