先日、上野で大学の先生と会議後、懇親会を行ったのですが、「れんこん」の専門店で行いました。こちらのお店はれんこんの創作料理ばかりで、まさにれんこん居酒屋でした。女性客が多く、経営者曰く「やはり何事も色々な視点でトライしてみることも大事だと思い、調査研究しオープンした」ということでした。色々勉強になりました。

「攻める」

先日、ジャーナリストを目指す学生や、現場の記者の方々との懇話会に出席させてもらいました。その中で感じたことを綴りたいと思います。(新聞やテレビ、文献での活躍を目指す人たちの集まりであり、ソーシャルメディア(ネットメディア)でのそれを目指す方々ではありません。)

感想というと、学生は自らの思想哲学よりも、ジャーナリズム論という学問の枠にはまり、現役記者の方々は、サラリーマン化しているということでした。
ただただ暴走している私よりはいいかと思いますが、視野を広く白熱した議論の展開を期待していたので、最初はややトーンダウンしました。しかし、途中から本音が各所であったのでそれは、すごく参考になり、今後にむけて情熱を交換できました。

懇話会は、様々な時事問題に対しての昨今の報道の視点であり、自らの取材視点などを議論していき、最後に今後、目指すジャーナリスト像を言い合いました。

主に内容は、無難なラインに沿っているという印象でした。
それは、学生たちは「ジャーナリズム論ではそう学んでいる」記者達は「本音でいうと、社内で目立つと色々角が立つし、上層部との関係もでてくるから当たり障りのない記事を書くための取材をしている。」というざっくばらんな意見も聞かれました。

私なんか、問題をあらゆる視点で検証しながら、ジャーナリズムが自らの思想を発表の下、事実を図っていくものだと思っていますが、次世代を担うジャーナリスト達は、無難に保守化に走っていると言ってもいいと感じました。

もちろん、そういった事も社会構成する上で大切だと思いますが、時として、新聞やテレビにしても、経営者の為にやっている風潮を打破するのがジャーナリストです。しかし、そうすると、社員なら左遷、フリーなら呼ばれないという現実を見てきているから、色々億劫になるという声もありました。

日本のメディアは「公正・中立」を謳ってますが、米国なんかは、NY-TIMESは民主党。WASHINGTON-POSTは共和党。と堂々と支持政党を打ち出し、記事を幅広い視点で書いています。また、ジャーナリストたちも自らの思想や哲学と同じ想いの政治家に堂々と献金をして、それを発表してもいます。しかし、日本ではどうでしょうか??

毎回、総理批判、政権批判、与党批判。何か穴を見つければそこだけをつく。自らの報道責任等になりたくないので、無難な批判報道だけをしている。という現実です。

私は、外交をもっともっと記事にしていくべきだと感じている一人です。世界に相手にされなくなれば、日本は島国ですので孤立します。なぜ内政ばかり。そして批判ばかりになるのか。そして外国がそんな日本をみていて、日本の価値を下げたら「一大事だと」報道をする。こんな風評被害にも似たことが常日頃から起きているのは、ジャーナリズムの低下だと思います。もっと攻めるジャーナリストが必要です。

新聞にしても、記者はきちんと自らの名前を出して記事を記載していくべきだと思います。会社の看板で無難な記事しか書かないと言う事は、無難な取材しかしていないと言う事だと思うからです。自らの視点で取材をし、会社も自らの支持思想を明らかにし、オープンにしていくべきだと思います。

ただでさえ、ソーシャルメディアにおされてきている現状があるわけですから、真に活字やテレビで事実を追求するジャーナリストを目指すのであれば、自らの考えを明らかにし、それを軸に取材をし、記事にしていくという原点に返るべきだと感じました。

我々国民もリテラシー能力を向上させながら、自らの視点で記事を分析する環境を作るべきであり、社会の諸問題を批判するだけでなく、「ではこうしていったらどうか」と言える養力を持つべきだと感じます。それには、まずはメディアリテラシー教育などの導入が必要だと常日頃感じます。

私も様々な調査をしていく中で、精通するものがジャーナリズムにあると日々感じているので、今回の懇話会はとても有意義で学ぶべきものが沢山ありました。
今後も、こういった機会を持ちながら、意見交換していきたいと思います。

                         若狹 清史