6月も終盤にかかっていますね。月日の早さを痛感しています。一年前の自分は何をしていたか、と、よく若者と話しますが、日々いかに真剣に生きていくかで、人生は変わってくるなと感じます。今日も、一所懸命突っ走りたいと思います。

「縦割り」

よく、縦割り行政の弊害が目にする昨今の社会構成ですが、部署転属をすることで横との連携、共有が取れるのではという意見もあります。
私は、最近色々な案件を勉強させていただく中で、非常に縦割り行政の問題点があると感じています。

一番は責任転嫁することが出来るということです。
大きなプロジェクトを企画し進めていた中で成功を収めれば、首長はじめ、担当部署が評価されますが、ミスをすれば首長は知らぬ顔をして、各部署も責任を転嫁してうやむやにしています。

先日は、ボランティアについて激論したことがありました。
本来、ボランティアとは各々仕事を持ちながらも、ごく当たり前のことを勤務外で当たり前のように社会活動することです。その活動をすることで、「一人で生きてるのではなく、人間は生かされてる」ということや、子どもたちには「社会とは輪でなりたっているんだ」という姿を見せる大事なことでもあります。

よく、福祉がボランティアだという近年の考えを行政も推奨してきていますが、私はボランティアとは上記のような活動だと思います。

それを先日、若者のボランティアの参画の仕方を議論している中で、行政の方は「地域の企業、とりわけ福祉施設中心にお世話になっているところに、ボランティア斡旋を優先し、場合によっては補助も出す。企業の業務時間内に業務をボランティアさせる」というスタイルを発言されていて、私は非常に情けなくなりました。

ボランティアとは、行政と連携している企業が業務時間内に受け入れ、職務の一役を任せることなのかということです。
それでは、就労体験のほかなりません。

実際、私もNPO活動をしていますが、私のNPOは50人弱の会員全員が各仕事を持ちながらも、合間をぬって地域活動や若者と向き合いながら、生きるとはなにか、社会にいかされるとは何かを伝えるなど、一緒に活動を行っています。
行政の方の発言は、ボランティアという定義を変えているとしか思えません。

そして、今回社会福祉協議会のボランティア活動があったのですが、我々のNPOも昨年参加した経緯があったので、今年も応募しようとしたら、我々のような活動団体には、参加資格すらいただけませんでした。

理由は「10年以上付き合いのある企業や福祉施設の方が優先であり、参加経験ある団体に募集をかけても断られるケースが多かったので、間違いないところだけでボランティア活動を進めます。」という理由でした。
我々のNPOは募集の通知すらいただけなかったのですから、その返事も理解しかねます。

このような事が起こるようでは、なにか、政治的な動きがあるのか、疑いたくもなりますし、そもそもボランティアとは何かを今一度議論しなおさなければならないのではないかと、感じています。

それから、私はどうしても納得がいかなかったので、関係担当部署と打ち合わせをしにいくと、各職員は見て見ぬふりや、責任転嫁でお役所めぐりが続きました。これでは、なんにも変わりません。

こういった縦割り行政が続いていて思うのですが、いずれにしても、ここで今まで見て見ぬふりをしてきた問題に重い腰を上げだすところを出すためにも、「首長や関係部署部長の本気度」をいかにあげていくかということです。

確かに、縦割りを排するって言いますが、職員の方々は「縦割り」にどっぷりと浸かりきってしまっていますので、縦割りではなく、共有の仕方や、連結の方法なるマニュアルを作成し、身に着けることが大切ですよね。

それをしないと、結局従来の、責任問題のときに、「えっうちじゃないですよ。私は関係ないですよ。」のオンパレードになりかねません。

市民の声をきちんと真剣に形にするためにも、責任転嫁をするシステムの変換時期にきていると感じています。日ごろの活動を通じそういったところの議論が出来る場を増やしていきたいと感じた今回でした。

                     若狭 清史