先日、ボランティア活動をしている中で、ボランティアとは何かの壁に当たりました。みなさんはどうお考えですか?ビジネスの一環でやるのがボランティアという行政の職員の見解が非常に残念で仕方ありませんでした。この辺をもう少し、きちんと形として考えて生きたいとおもいます。
「移植」
先日、国会では臓器移植法改正案の採決が行なわれていました。
私も、臓器移植を取り扱った本を読み、また改正案と照らし合わせて、自分ならどの選択をするのだろうと考えました。
今回の案は非常に難しい問題であると感じました。脳死を人の死とすることができるかできないか・・・。人として、日本人として、個人としての死生観とも関連することです。
植物状態の人や障害を持ちながらも生活している方々にも繋がりかねない点では、非常に選択肢が難しいと思います。例えば、脳死が人の死でないとするならば、移植は患者自身の自己決定にほかなりません。あとは、子どもの移植の判断の是非です。
子どもも一人の人間です。親の監視下であり、所有物ではありません。この部分と価値観をどこまで認め合えるかです。
結局は、未来ある子どもたちのことを考えたときに、何が大切かを選択するだろうなと私自身は考えました。
国内で子どもの臓器移植が禁止されたら、きっと従来どおりの海外流出が続き、必ず付きまとう人道的非難と立ち向かわざるをえません。そして、臓器売買などの危険な選択肢もあるかもしれません。
こういったことを考えた時に、A案なのかD案なのか、はたまたB案なのかを考えました。
結果的にはA案に国会では決まりましたので、この形でいかに臓器移植をオープンにこれからはしていけるのかの、チェック機関をきちんと設けてほしいなと個人的には感じています。
また、今回の決議は、政党政治の中では稀である、党議拘束がはずれ、議員個人の意思決定の投票でした。これは非常に意義のあることです。私は日本の政治家はもっと、議員の立場に責任をもて、自由な活動や発言が認められる政党政治体制が必要に思います。
党議拘束があるから話せることもあります。しかし、それを外して賛否を考えるのは、議員の方々には負担であるとは思いますが、それだけ責任が課せられ、重要な決定事項に真剣に関わる事ができると思います。
今回の臓器移植の問題は人道的な物事であるからなのかもしれませんが、党派を超えた繋がりが国益になるならば、重要な問題もそうすべきであると思います。
今回の改正案可決で助かる見込みのある方が増え、明るい将来になるように、きちんとしたサポート案の論議をまたしてもらいたいと感じ、また議員の個人意思決定の重みを感じた今回でした。
若狭 清史