北朝鮮が核ミサイルの準備をしているのを受け、各国緊張している状況で声明を出していますが、私はどこの国も一切の声明を出さずに、無でい続けることのほうが効果があるのではと、感じてしまいます。その答えとして制裁を行ういうことです。幾度の声明にも完全無視をしている国なのであればなおさらです。価値観の違う国に、各国の価値観の声明を出しても無意味です。そんなことを感じています。
「評論」
昨今、メディアでは国会もしくは、議員の動き、すなわち政治が日々面白おかしく取り扱われています。様々な評論家が様々な立場で、責任をとることなく意見を述べています。もし、政治家が同じ発言をすれば、釈明に追われ立場まで危うくなりかねないこともたくさんあります。そんな評論家の方々の意見やメディアの方向性で実際、世論が動いていることも多々あると感じています。
ここをうまく使い、立場が表に出ない官僚にとって、政治家と持ちつ持たれつをやれる、材料の一つでもあります。
こういった政治を我々国民はどう感じているのか??ということが一番大切ですが、実際に興味がないという意見が若い世代の政治に対する意見です。また、興味はあるし、意見も言うけど選挙にはいかないという方も多いです。
また、世代間で各世代間への思いが交錯する中、それを政治に介入させてくると、もうややこしくなり、政治そのものが見えてきません。
若い世代は、今の政治を「年寄りの寄り場」「国民にはわからない世界」と感じているという声を聞きます。また年配の方は「若い世代に何ができる」「まだまだ老いてない」という意見もあります。
たしかに、行動力では若い世代が活きてきます。しかし、経験からはかないません。
「若さ」が、「未熟さ」や「青さ」という否定的な評価に転換するのが、年配の方であり、「経験」や「感覚」が「利権・マンネリ」を生む評価が若者なのかもしれません。
一概に全員ではないにしろ、そういう意見が多いのが事実です。
そして、政治に若者が参加しなければ若者の政治家は生まれません。各世代間からの政治家が生まれないと、本来の政治が機能しません。その部分を気づき後世に譲る気持ちもこれからは、政治家は求められてくると思います。
若造だけでは、何もかじ取りはできません。一方で、しがらみに満ちた一時代を変えるためには、新たな人材の流入が引き続き求められているのも事実です。
その部分を、きちんと見つめなおし、世襲制を問題視するならば、同時にこの政治への各世代間の参加を促す取り決めの議論をしても、とても有意義にならないだろうかと感じています。そんな議論を、メディアが評論家が議論をしてほしいと感じています。
政治資金の問題を部分的に問題視しても、政治に対する「金」の取り扱いに誤解をうみます。政治というものに資金がなぜそれだけかかるのか?また、それを是正する改正案はないのか?若者でもきちんと立候補できる制度を確立できないのか?など、様々な見方をすることが、本来の政治の裏の部分を理解する一つであると感じています。
なにより、若者が未来の担うのです。きちんと育てていくためにも必要なことです。
若狭 清史