感情的になることは簡単です。私は冷静に感情的にもなりたいといつも思っています。自らを無駄にせず、進んでほしいと思います。
若者たちに言いたい言葉です。。言い訳ばかりを言わずに、自分と向き合ってほしいと思います。それが、冷静に感情的になってほしいということです。
「お酒」
よく、様々な会合や、職種の方々との集まりにお呼びいただいたり、仲間で集まったりします。先日も、都心で若者の集まりでそんな飲み会に参加しました。
そこで、企業の新入社員の方や、その上司。また大学の先輩、新入学生との声を聞いてきました。
近年、よくいわれる、飲みの場所でのコミュニケーションを、飲みにケーションといわれています。
この飲みにケーションは、ひと昔前では当たり前のことと認識を受けていました。しかし、現在では、コミュニケーションの一つとして、位置付けられるほどのポジションにきているのが、この飲みにケーションです。
新人と先輩との大切な付き合いのひとつとして、重要視と言いますか、とても当たり前で大切なものでありますが、最近では、そのコミュニケーションの一つに参加しないのが、若者だと聞きます。
そこで、私も声を聞いて回りましたが、「めんどくさい。」「別に仕事で答えをだせばいい」「個人の時間を大切にしたい」、「同世代とのめればいい」という言葉が非常に多かったです。
正直、私は学生時代から飲みから得る大切なものがあるという思いと、夢を語る場として、大切にしていましたので、顔をだし、また語り合ったものですが、今は、大分ニュアンスが違うのかなと感じています。それは冷静に自分の学生時代からなのかもしれませんが。
それが今の若者には、社会に出てもそのまま続いているのが原因なのかなとも思います。インターネットなどの普及で、人と人との対面でのコミュニケーションの機会が減ってきているのも、ひとつの要因かもしれません。そして、教育状況での心の教育の無さが一つかもしれません。労働者の教育者と、子どものことも考えて自らを鑑みずの聖職の教育者の比例の差、また親の教育に対する思いと、個人を大事にする差も、一つにでてきるでしょう。
飲みケーションは、熱く語り合い、親睦を深めるとても大事な場所であると思います。若い世代だけで、合コンをしているのもいいですが、ここの気持ちの部分を如何に、受け止められる若者がいるかでもかわってきます。
特に、日本人にとって、お酒の場では、秘密事項が生まれやすいとよく、海外でも言われています。その秘密事項が生まれやすいのがお酒の場なのであれば、無視するのはもったいありません。
また、世界共通なのが、仕事中や昼間糸を張っている時には見られない素の部分や人柄が分かり、より仲間意識が高まるということです。それが信頼感やファミリー感にもつながっていくんだと思います。もし酒が苦手なら、食事でもいいと私は思います。
また、声を聞くなかで、飲み会に参加する若者は「おごってもらえるから」という感覚もあるみたいですが、そう思うのは別に悪くありませんが、謙虚に今の現状を考え自らがそれを次世代につなげていけるかを考えながら、感謝を込めながらおごってもらえるかで変わるところでもあります。
今は、飲み会を設ける会社もあるみたいですが、それを助長していくのではなく、人と人とが、真剣に向き合い言い訳を言わず、悪口を言い合うのではなく、「夢、目標、野望」を真剣に語り合える場を、若者から、また年上の世代から作っていかなくれは、今後の日本の将来が、心配にすらなります。
金がない、時間がない、家族が大事、めんどくさい、自分さえよければいい、というのであれば、金がほしい、時間がほしい、家族との交流が大事、余裕がほしい、自分のために生きたいという真逆の生活をする前に、動くべきものがあるのかなと感じています。
それが、私は心であり、潔く、善く生きる道だと思っています。学説的な難しいものではなく、自らの生き方に尽きてくるのかなと思っています。
そんな意味でも、主義主張、思想信条が如何に大切かと思います。
飲みにケーションの大切さからくる、社会構築、心を考えてみるのも、重要かなと感じた今回でした。
私は、お酒が好きで飲みすぎなのかもしれませんが(苦笑)
若狭 清史